久しぶりにお鍋 

2017, 02. 28 (Tue) 00:30


nabe3.jpg


昨日、久しぶりに鍋ものをしました。

寒いこの時期はお鍋が美味しいですよね。お野菜が一度にたくさん食べられますし、栄養のバランスも良さそうですし。地味に準備がらくちんなのもありがたいです。お肉を買ってきて、野菜を適当にぶつ切りにして鍋に放り込めばできあがりですから。むろん、もっと手を加えられればいいのでしょうけれど・・・でもこれでもけっこう美味しく食べられます。

最近は妙に忙しいせいか食事の支度が疎かになりがちです。「食事」が疎かになりがちじゃないぶん、以前に比べればまだだいぶましになりましたが、何かに気を取られ始めたり、追い詰められたり、己のリソース配分を選定せねばならなくなったとき、まっ先にどうでもよくなるのが「食」の部分だと言うのは若い頃からあまり変わっていないようです。三つ子の魂、という奴でしょうか、普段どんなに取り繕っていても根を洗ってしまえば自分の素性というものは容易に浮かび上がってくるものらしいです。うーむ。カフェイン摂取とかならどんなに慌ただしくてもぜったいに欠かすことはないんだけどなあ。

そんなぼくですが、やはりあったかいものを食べるとほっとします。以前もどこかで書きましたが、ぼくはお皿がいくつもあるようなコース料理は苦手で(なんか面倒くさくなっちゃう)、カレーとかスパゲッティみたいにわかりやすく一皿に集中できる食事が好きなのですが、その点、鍋ものはいろんな食材が入っているのにお料理としてシンプルなのがいいですね。家族で食べると会話も弾み、ついでに食も進み(?)ますし。

レパートリーを広げて、今度はもつ鍋とかに挑戦してみようかな。・・・というわけで今回はあったかいお鍋の話でした。

春遠し 

2017, 02. 27 (Mon) 00:30


tbc.jpg


このところ暖かい日が続いていましたが、今日は朝から一日荒れた空模様でした。雪はどんどん溶け、一時期はもうこのまま春になるのでは・・・などと思ってしまうほどの陽気も、一気に例年並みの寒さに逆戻りです。でも、こうした気温の寒暖をちょっとずつ繰り返しながら季節は徐々に移り変わっていくのでしょうね。ただこんな時季は風邪を引きやすいのでぼくも気をつけないといけません。

今日は子どもたちと日中いっぱい勉強していたのですが、吹き荒ぶ空と風を窓越しに眺めつつ、つい億劫になりためしに「今日、ほんとにお外行く?」と聞いてみたらやはり「行きたいっ」とのことでした。子どもたちにとっては天候が晴れていようが少々吹雪いていようが、そんなことは関係ないようです。いそいそと着替えるや、ウサギの子みたいにぴょんぴょん表へ飛び出していきます。やれやれ。

結局、かまくら作りをして遊びましたが、子どもたちは存分に雪と戯れることができて満足そうでした。まあ、こうして外で雪遊びができるのもあと何回あるか・・・と頭の中でカレンダーをめくってみましたが、意外と三月を過ぎても雪が残っていたりして、なかなか冬のアウトドア・ライフは終わってくれないんですよね。(子どもたちはその方が嬉しいのかもしれませんが)

洗面所横の温風式乾燥機の前の物干しにずらりと架けられた子ども用のつなぎを眺めつつ、ふと春を思った一日でした。


宮崎監督復帰 

2017, 02. 26 (Sun) 00:30

 
PS2.jpg

先日、宮崎駿監督が最新作を作るというニュースが飛び込んできました。どうやら宮崎監督が新作に動き始めているというのは去年暮れのNHKのドキュメンタリーを観て知ってはいたのですが、正式にアナウンスされたことでこれはもう間違いないと思っていいでしょう。わーい。

今回の電撃復帰(?)をあれこれ言う方もおられるかもしれませんが、ぼく個人としては滅茶苦茶うれしいです。だって単純に考えてもう一作、宮崎作品が増えるということですからね。宮崎アニメのファンとしてはこれはもう盛大に寿ぐしかないでしょう。いったいどんなアニメになるのか。前作の『風立ちぬ』が大人っぽい作品だっただけに、次は血湧き肉躍る一大冒険活劇になるのでしょうか。まだタイトルすら発表されていない段階ですから公開がいつになるかはわかりませんが、今からその日が待ち遠しいです。

どの一作をとっても素晴らしく、何度観てもその都度初見の如くわくわくする気持ちを観る者の内に呼び覚ましてくれる宮崎作品ですが、ぼくが好きなのは『崖の上のポニョ』です。宮崎監督のフィルモグラフィーの中では地味と目されることの多い『ポニョ』ですが、ぼくが日頃あれくらいの年齢の子どもたちと一緒にいる機会が多いからでしょうか。身につまされるというか、作品の舞台そのものからしてとても身近に思える作品ですね。宗介やポニョの振る舞いをみても、「あー。あるある」とついうなずきながら観てしまうというか(笑)。ホント、ポニョみたいな子いますもん。あそこまで凄くはないですが。(でも、お若いお母さんにしてみたらみんなあんな感じなのでしょうけれど)

ぼくが宮崎監督のアニメーションのもっとも好きなところは、(さまざまにありますが)なんと言っても、見終わったあと、すごく晴れ晴れするというか元気になっているところです。不意にぽんと高い青空を目の前にした時のような気持ちというのでしょうか。でも、そこに映画の本質があると思うんですよね。

ぼくらが映画を観る理由・・・その初源的な面白さ、わくわくする気持ちを久しぶりにまた味わえることをよろこび、楽しみにしつつ、映画の完成を待ちたいと思います。


明かりの下 

2017, 02. 25 (Sat) 00:30


R3.jpg


家の和室の明かりが若干暗くなっていたので調べてみると蛍光管の根元の部分がいくぶんくすんでいました。特に問題はないようでしたが、せっかくの機会なので新品と交換することにしました。

我が家では少し前にリビングや廊下など照明の大半をまとめてLEDに変えており、この種の脚立に登っての電球や蛍光灯の取り替えはなくなりつつあります。この和室もどうするか少し迷いましたが、結局今後も元の通り通常の蛍光管を使うことにしました。というのは蛍光管の持つ「柔らかい明かり」というのでしょうか、優しい感じの光が好ましく、それが和室の雰囲気になんとなく似つかわしい感じがしたからです。

LEDは明度に優れ、しかも取り替え不要で半永久的に使えるということもあって瞬く間に普及するようになりました。ぼくも上述のようにひところはせっせと家中の蛍光灯を取り替えたものですが、最近は少しそれに疑問を持っています。というのは以前書斎の机を照らすデスクライトが壊れ、最新のLEDのものに取り替えたことがあったからで、三ヶ月くらいでその刺すような明かりに耐えられず、ふつうの白熱球に戻したという経緯を考えると、うかつに旧来の蛍光灯を変えてしまうのはどうかなと思うんですよね。いや、LEDも明るさという面では優れていると思うのですが、いざその下で読書をしたり書きものをしたりしようとするととたんに目が疲れてつまって・・・。慣れもあるのかもしれませんが、この手の使用感というのはその人間の持つ生理に直結するだけになかなか変更はむずかしいようです。

というわけで我が家の和室は引き続き仄かに黄白色がかった明かりに落ち着いたわけですが・・・やっぱりこっちの光の方がいいですね。まったりできます。窓の外はまだまだ冬景色ですが、柔らかい明かりの下で本を開く、その読書の味は格別です。

図書館にて 

2017, 02. 24 (Fri) 00:30


SYO-min.jpg


最近、図書館で調べ物をしています。主に自分の住む街や郷土関係のことを様々に調べているのですが、地元だけあって、その手の本は図書館の中でも書棚を一角を占め―――というより、ひときわ良い場所を確保しているようです。うーん。さすが地元。このへんは力が入っています。

予め行く前にネットで自分の欲しい本をいくつか検索し、書名・出版社名等ひかえてからいったのですが、最近の検索システムの充実ぷりはすごいんですね。「資料番号」なる10桁の数字を家でプリントアウトし、カウンターにいた職員さんにお見せするとたちどころに本の前に案内していただけました。そんなのずっと前からそうじゃんと言われそうですが、でも実際に司書さんが書架の林を潜ってきびきびと立ちふるまわれるのを見ていると、ぼくなどはわけもなく感じ入ってしまいます。以前観たイーストウッド監督の『J・エドガー』で、ディカプリオ扮する若き日のジョン・エドガー・フーヴァー・・・(後のFBI初代長官)が、ガールフレンドの女の子に向かって図書館の検索システムの正確性と効率性を熱っぽく語るというシーンがありましたが、この種のシステムが完璧に運用されている光景というのは、なんとも胸がすくものがあります。司書さんが普段どのようなお仕事をしているかは、以前『リンネ』の短編を書いたときに詳しく調べたことがあるのですが、そのときに感じた感銘をまた新たにした次第です。

ちなみにその郷土資料コーナー、書棚を眺めているうちにさまざまな固い書名タイトルに混じってふとコンサドーレ札幌の現社長、野々村芳和社長の自伝本が。の、ノノさん、なぜこんなところに・・・。と思ってよく考えてみれば郷土コーナーですから当然地元のプロスポーツチーム関連の本も一緒に置かれているのですね。日ハムの本や大谷選手が表紙のムックなども並んでありました。

面白そうな本だったので、思わず家に帰ってから注文してしまいました。最後はやや郷土資料とは違う方向に行ってしまいましたが、これからも当分は図書館通いは続きそうなので、また面白い本を見つけたいですね!


映画の本から・・・ 

2017, 02. 23 (Thu) 00:30


ah2.jpg


このところ映画の本を続けて読んでいます。山田宏一さんの『ヒッチコック映画読本』、町山智浩さんの『最も危険なアメリカ映画』『映画と本の意外な関係!』などなど。べつに映画関連の本強化週間というわけではないのですが、なんとなく面白そうな本をポチっているうちに流れでそうなってしまいました。(チェックしないうちにいつの間にか山田さんの本が増えていた)これで堆く積まれてあった本の嵩も少しは減ったかな・・・と思いきや全然変わっておらず、まだまだ読まねばならない本が控えているわけですが。

いわゆるいい(優れた)映画の本は、読んでいるとそこで紹介されていたり語られている映画が無性に観たくなります。よい映画評論とは人を映画を観に奔らせる力を持っているわけですから当然と言えば当然なのですが、悩ましいのは読書と映画、双方を堪能しようと思うとそれだけ時間がかかってしまうという点です。特に文を読んでいて自分の感性が引っかかった映画というのは、なまじ面白そうなだけにその牽引力も並々ならず、結局は引っ張り出して観直する羽目になり読書と同じくらい時間がかかってしまったり。

でも以前はそれを自制していたりしていたのですが、最近はあまり我慢はしないようにしています。やっぱり「ちぇっ。観たいなあ」と鬱屈をためているよりもさっさと観てしまったほうが精神衛生上いいですものね。というわけでヒッチコック監督の昔の映画を見返しているのですが、やっぱり面白いです。もう何度も見返しているはずなのですが、そのたびに新しい発見があります。女優さんも綺麗ですしね。

でもAmazonプライムで見てみたら、ヒッチコック作品ってみんな観るのに有料なんですね。ううむ。でも考えてみたら当然かも。良い作品を観るためには相応の対価を支払うべきなんでしょう。・・・というわけで棚から引っ張り出してきたのはローレンス・オリヴィエとジョーン・フォンティンの『レベッカ』。大好きな映画です。

ACL順調 

2017, 02. 22 (Wed) 00:30


ACL1.jpg


今日からAFCチャンピオンズリーグ(ACL)がスタートしました。浦和レッズはオーストラリアのウェスタン・シドニー・ワンダラーズと、鹿島アントラーズは韓国の蔚山現代と対戦し、それぞれ勝利しました。すごい。というのは、このところJリーグ勢はACLの初戦には全然勝てなかったからです。

シーズン明け直前の時期のせいなのか、それともまだ選手のコンディションが上がっていないのか、そのへんは定かではありませんが、この時期ACLに参加したJリーグはここ数年惨憺たる有様でした。あまりにしょぼい戦いっぷりに期待値はどんどん低下し、正直なところぼくもここ数年は「どーせまたダメなんだろ。へっ」と半ばやさぐれて諦観していましたので、この順調な勝ちっぷりにはおどろくばかりです。どうも昨年DAZNと巨額の放映権契約を結んだあたりからJリーグ全体の流れが良い方向に変わってきたような気もしますが、でもACLの戦いに関してはそれとはいささか文脈や事情が異なりますしね。今日の勝利の起因はやはり選手たちのがんばりに帰されるべきでしょう。

かつてレッズやガンバがACLのタイトルを勝ち獲ったのも今は昔、このところはすっかり他国リーグチームの後塵を拝し、Jリーグ勢はタイトルから長く遠ざかっています。世界中のスタープレイヤーを爆買いして一気に戦力アップを果たした中国のチームをはじめ中東のチームなど、アジアの強豪チームはまだまだたくさん存在しますが、鹿島、浦和、川崎、ガンバ(大阪)の四チームには是非とも頑張って勝ち進み、優勝を狙ってほしいです! そしてまたクラブワールドカップで輝いている姿を観たいですね。

クラシックのコンサート 

2017, 02. 21 (Tue) 00:30


CON2.jpg


先日、クラシックのコンサートに行ってきました。なぜか親と一緒に。音楽を聴きにコンサートホールに行くなんてすごく久しぶりだったのですが、いや、やはりいいものですね。チェロとピアノ、ハープという小編成のコンサートだったのですが、生演奏の弦の響きというのでしょうか、その美しさにうっとりとしてしまいました。そのあまりの心地よさから、途中思わず座席でうとうととしてしまい、はっとして「いかんいかん、せっかくの機会なのだからちゃんと堪能しないと」と、何度か気合いを入れなさなければなりませんでした。

ぼくはジャズが好きでふだんよく聴いているのですが、数年前からクラシックも聴くようになり、ショップに行ってはあれこれCDを漁っているところです。むろん詳しい方に比べれば恥ずかしいくらい知識がないのですが、でも、こうして好きな作曲家やアルバムを見つけていく作業ってすごくたのしいですよね。名曲を知っていく喜びに加え、聴き込んで自分なりの好みを見つけていく楽しみもあって、音楽って言うのは本当に素晴らしいと思います。

音源ファイルは以前はfoobar2000というソフトを使って再生していたのですが、最近はJRiver Media Centerというソフトを使っています。(リッピングがようやく終わった)一度FLAC形式でファイルを作ってしまうといろんなプレイヤーで再生できるので便利ですよね。最近はハイレゾもずいぶん一般的になってきたようで、ぼくも何度か聴いたことはありますが、いやすごいものですね。音が綺麗というか、一粒一粒、粒立っているというか。(アニソンとか結構すごいですよね)もっとも、ぼくはヘッドフォンよりはスピーカーの前で音楽を聴く方がまったりできて好きなのですが。

寒い冬は部屋を暖かくして、いい音楽をじっくり聞き込むのもいいですよね。ついでに音楽鑑賞のお供に温かいコーヒーとかあったら最高です。またクラシックのアルバムを探しにCD屋さんに行こうかな。

というわけで今回はコンサートと音楽のお話でした。

眠り 

2017, 02. 20 (Mon) 00:30


ats.jpg


最近、寝るのが心地良いです。ベッドに入った途端にバタンキューといいますか、そのまま何もかもなく気がついたら寝入っているというような状態です。たぶんぼくにしてはめずらしくというか、頭ではなく肉体的に疲労しているせいでしょう。(と書くと、まるで日頃頭を使っているみたいですが)

でも実際こういった毎日も悪くないです。健康的ですし、まがりなりにも日々充実していますしね。ただ困るのは、以前にも申したように夜の自由な時間がなくなってしまうことと、圧倒的な睡魔に負けて本を開いたままうつらうつらしてしまっていることです。ソファーに腰を下ろしてならまだしも、ベッドの上で読書をしようものならもう一発ですね。タルコフスキー監督の『ストーカー』か『惑星ソラリス』を観ているとき並の身も心も蕩けるような素晴らしい睡眠の中に落ち込んでしまいます。(や、どっちも大好きな映画なのですが)

というわけで、この文章を書きながらも正直もう目蓋が半分くっつきかけています。また明日がんばります・・・。

別れの季節 

2017, 02. 19 (Sun) 00:30


sotsu.jpg


毎年この時期になると、多少の寂しさが胸を過ぎります。というのも年度の移り変わりでによって、これまで通っていた子がお兄さん、お姉さんとなり、巣立っていく別れの季節が近づいてくるからです。

むろんこうした子どもたちの入れかえは毎年のことですので、もう慣れているといえばそうなのですが、やはりこれまでずっと成長を見てきた子がいよいよ去って行く時期を迎えるとなると、若干しんみりしますね。もっとも子どもたちの方はいたってタフで、めそめそ感傷的になることなくからっとしているので、その良い意味での淡泊さにはいつも助けられます。

またこの季節は出会いの季節でもあります。新たに入れ替わりで入ってくる子どもたちと出会うのはいつも楽しみですね。以前もどこかで書きましたが、子どもというのは、ぼくにとって常に現実という名の地面にがっちり両脚をつけさせてくれる大切な存在です。気持ちがふわふわしたり、そわそわしたり、なにやら浮き世離れした夢想や妄想や理想にとらわれているとき、子どもたちはその野卑なエネルギーとパワーと金切り声とやかましさと泣き声のシンフォニーでぼくに強烈な往復びんたを張り、たちどころに正気に帰してくれるのでたいへんありがたいです。

かつて書くことだけに頭でっかちになり、高尚な理論で脳みそをいっぱいにしていた(つもりになっていた)若造の頃から、子どもたちの持つこの理不尽かつ暴力的な(?)矯正力は少しも変わりません。もっともその力に打ち倒されてもなお、矯めず撓まず芽吹いてくる書きたいという気持ち―――それこそがものを書く際の推進力となるわけですが。

今年はいったいどんな子たちと出会えるのか、その出会いが今から楽しみです。

寒い 

2017, 02. 18 (Sat) 00:30


cat2.jpg


このところ温かい日が続いていたのですが、急に気温が下がり一気に氷点下となりました。このまま雪解けが進むんじゃ・・・と思わせるような陽気が続いていただけに、真冬に逆戻りした天候に思わず首もすくみます。やはり本格的な春の訪れはまだまだ先のようです。

慌ただしいときというのは気も急いているので、つい身体を過信するというかあまり留意しないものですが、時節柄やはり防寒だけはしっかりとしておきたいと思います。(外へ出るときはとくに)

こんなとき重宝するのが長袖のシャツです。アウターの下に一枚着ているとあったかくて気持ちまでぬくぬくしてきますね。ヒートテックとか最近は良い品が豊富ですし。セーターとネックウォーマーもあわせてもちろんフル稼働中です。この寒波が去るまで、ノーパソの上やこたつで暖を取る猫(?)みたいに暖かくして、なんとかしのぎたいと思います。

バレンタインの顛末 

2017, 02. 17 (Fri) 00:30


cho1.jpg


バレンタインデーもはやすぎ、数日が経過しました。世の男性方はさぞほっとしていることと思います。かくいうぼくもその一人ですが、今年は生徒の女の子からチョコレートをもらいました。やったあ! といっても、くれたのは小学二年生の女の子なんですけどね。

ほんの数日前、「こんな仕事しててもチョコには縁がない」とか書いたおぼえがありますが、満更そうでもなかったようです。あと、バレンタインのチョコは包装や箱だけ立派で、中身もごてごてしているとかいろいろ書きましたが、それも撤回します。や、もう、もらえればなんでもいいです。チョコが口に合わなければ、口の方で合わせますので。そんなことで文句を言ったらばちが当たります。はい。

なんか書いてて自分の豹変ぷりが情けなくなってきますが、冗談はともかく、やはり誰かからチョコをもらうのはうれしいものですね。むかし、外国人の友人で、バレンタインに女の子が男の子にチョコを送る日本の風習にかなり否定的な発言をしていたのに、当日チョコをたくさんもらった途端なにも言わなくなった人物がいましたが、これはやはり日本独特の風習なのでしょうね。でもぼくが子どもの頃にはもうすっかり根付いていた慣習ですし、なくなったらなくなったで案外さびしいものなのかもしれません。学生時代を彩る、大切なイベントがなくなってしまいますしね。(エンターテインメント業界にとっては季節感やヒロインの心情を演出できる一大イベントですから、万一なくなってしまったらまさに死活問題です)

もっとも、もらいっぱなしではいけないのがバレンタインの恐ろしいところ(?)です。3月14日はホワイトデー。今度はチョコのお返しにクッキーをお贈りしなくてはなりません。でもクッキーもたくさん種類があって迷うんだよなあ。好みもわからないし。ともあれぼくも精一杯気合いを入れ、クッキーを選んでプレゼントしたいと思います。

というわけで今日はバレンタインデーの顛末でした!

溜まる本 

2017, 02. 16 (Thu) 00:30


book1.jpg


このところ片付けなければならない雑事が山ほど溜まって、なかなか本が読めません。机の上には読まなければならない(読みたい)本が積んであるのになかなか減っていかない・・・というか、逆に増えていっている状況です。いかんなあ。ただでさえ読み返したい本がたくさんあるのに。

こういうときは自分の中の「機運」みたいなものが高まるというか、満ちてくるのを辛抱強く待つしかないというのは長年の経験からわかっているので、しばらくはじたばたするほかなさそうです。・・・というわけで、ブログも今日は短めに。また明日頑張ります。


ハザードマップ 

2017, 02. 15 (Wed) 00:30


HM1.jpg


先日、住んでいる地区のハザードマップをいただきに最寄りの区役所に行ってきました。ハザードマップというのは、洪水や地震の時の被害予想や開設される避難所の場所を記した地図のことです。事前に電話を一本入れてからうかがうと、役所の方がびっくりするくらい丁寧に応対してくれました。や、さすが日本のお役所。こういうところは本当にしっかりしています。

面白かったのはこうしたマップは区ごとに区切られており、もし市全域の地図が欲しければ、またはその全域にまたがる詳細な情報を得ようと思えば、それぞれ該当する地区の役所に赴いてひとつひとつ地図を手に入れ、それをつなぎ合わせて合体させる必要があるということです。なんか海賊の宝の在処を記した地図みたいですよね。幸い、ぼくの訪ねた役所には全地区の地図が収蔵されており、わざわざ区役所巡りをせずとも済みましたが、それもあらかじめ電話を入れていたからで、もしそうでなければ地図探しの旅に赴かねばならなかったでしょう。(つーか、言わなければ出てこないあたり、余計に宝の地図っぽい感じが)ついでに係の方にいろいろつっこんだ話をうかがってきましたが(避難所開設のタイミングとか)、けっこう本音というか現場ならではの話が聞けて楽しかったです。

ちなみにこの地図、縮尺は25000分の1、八つ折りにした状態でA4サイズ、ひらくとかなりの大きさになります。これでだいたい一区か二区ぶんの表示ですから、これをつなぎ合わせるとそれこそ一部屋ぶんくらいのスペースが必要なくらい大きいです。間近で見るとかなりの迫力で、しかも一丁一丁、それこそその間を走る細い道路に至るまで、詳細に震災時の震度予想が描かれています。

こういう地図を前にするとやはり自分の住んでいる区域が罹災範囲に含まれているか調べたくなるのが人情というものですが、この地図によれば我が家の周辺は一応は大丈夫(?)なようでした。もっとも、地震というのは当然ながら日本列島そのものが揺れるわけで、なにをもって罹災範囲と見なすのかわからないですよね。(そもそも直下型地震の場合だってあるわけで)それを考えれば、やはりいつ大きな地震が起きてもうろたえないようにする心構えや日頃の備えが大切なのでしょうね。

もっとも、ではぼくが強い防災意識に目覚めるようになったかと言えばそんなことはなく、なぜこうした資料を集めるようになったのかと言えば、実は今度書こうとしている作品のためなのです。まだどういった形になるかは流動的ですが、こうして下調べというか、実際に足を使って身近なことを改めて調べていくという作業はとても楽しいものですね。まだまだ寒い日は続きそうですが、これからもあったかい格好をして、ちょくちょく取材(?)を続けたいと思います。

神社へ 

2017, 02. 14 (Tue) 00:30


hj1.jpg


このところ、あたたかい陽気が続いています。

あくまで「この時期のこの土地にしては」という枕が付くのですが、でもたしかに日中は心なしか過ごしやすい感じのお天気が続いているような気がします。もっとも根雪はたっぷり残っているため、陽気が続くと水を含んでしまったりしてかえって大変なことになったりもするのですが。

先日久しぶりに少し遠出して神社に行ってきました。冬道だといつもの倍時間がかかりましたが、実際に到着してみると参道はきれいに掃き清められていて、雪もありませんでした。階段もきちんと除雪がされてあり、こうして毎日清掃をされている方がいるんだなと改めて感じましたね。きっとその方は参拝者の有無に関わらず、いつも決まったように掃除をされているのでしょう。

湿った石段を踏み、いつもよりちょっぴり多めにお賽銭を投げ入れてお参りすると、なにやら雪の降る前の季節にこうして手を合わせていた頃のことが思い出されるようです。あれからもう一年も過ぎたような気がするのに、まだ三月も経っていないのだな・・・と思うと、なにやら夢を見ているようで、時の流れの不思議さ、玄妙さにあらためて気づかされます。時って、あっという間に過ぎ去っていくかと思えば、人肌にしがみつくみたいに容易に流れていかなかったり、なかなか一筋縄では行かない存在のようです。

遠い地の神社にお参りに行った帰り道、ふとそんなことを思った二月の冬の一日でした。

早くあったかくなって欲しいなあ。


ニュースとテレビ 

2017, 02. 13 (Mon) 00:30


TANS.jpg


最近、ニュースが面白いです。ぼくも多くの方たちと同じようにこのところめっきりテレビの視聴週間がなくなってしまった人間であり、テレビのスイッチを入れるときと言えばたまにスポーツ中継があるときや天候不順や地震など、なにか特別な場合だけに限られていたのですが、どういうわけか最近はちょくちょくニュースを見るようになりました。時期的に言うとアメリカ大統領選挙の頃からなので、やはりトランプさんの影響でしょうか。

何かと物議を醸す発言の多いトランプ大統領ですが、それだけにマスメディアに登場する回数も多いようで、最近ニュース番組をつけると必ずと言っていいほどトランプさんがらみのトピックが流れているような気がします。今の時期ですと当然日米首脳会談ですが、きっと今日もこのニュースに多くの時間が割かれるのでしょうね。(まだくわしく見ていないので)

ニュースというのは即時性や即応性はもちろんですけど、やはり最新の映像付きで現地の情報や専門家の見方などが見やすい形でまとめられていますので、とても見応えがあります。あわせてBSやCSなどで各国メディアのニュース報道を見ると、なんとなくですが世界の情勢みたいなものが掴めるような気がします。我が家は一応新聞は取ってはいますが(地元のローカル紙)、正直申しまして中に挟まっている地域チラシ見たさという面がありますので、こうしてお茶の間で毎日ニュース報道が見られるのは有り難いですね。

大画面で薄型のワイド液晶だとか、4Kの綺麗なデジタル映像だとか、正直映画を観るにしてもそんなに高性能な機能はいらないよ・・・という感じになりつつあったテレビですが、ニュース番組を見ていると案外自分がテレビの前にいることに気づかされます。最近はまた技術の革新が進み、紙みたいに巻ける画面ですとか、ガラスみたいに半透明になる画面など様々なテレビが製品化されつつあるようですが、きっとこれからもテレビはぼくらの一番身近な家電として大きく進化していくのでしょうね。


バレンタインデー 

2017, 02. 12 (Sun) 00:30


btd.jpg


もうすぐバレンタインデーです。デパートやスーパーなどに行くと、一際目立つ位置に設えられた特設コーナーに豪華な箱に入ったチョコレートがこれでもかと言わんばかりにいっぱい並んでいます。でもいつも思うんですけど、豪華な箱やケースに入っているチョコに限って中身はちょっとしか入っていませんよね。(しかもごてごてデコレートしたもの)ぼくがシンプルな板チョコレートが好きだというせいもあるのですが、あれでたくさんお金を取るのは、なんとなく割に合わないような。や、この時期、チョコを買うわけでもない男のぼくがこんなことを言ってもただひたすらむなしいだけなのですが。

物書きの傍ら、こうして子どもたちと日頃接している仕事をしていると、バレンタインデーは生徒や周囲の子達からたくさんのチョコをもらえると思われがちですが、まったくそんなことはありません。なぜならぼくが普段接している子は入学前から小学校1年生くらいの子が多く、その子たちはまだ人にチョコをあげるよりは自分の方がもらいたい、食べたいと思う年頃だからです。(自分の自由になるおこづかいもまだもらってませんしね)特にこの世代は甘い物が大好物ですから、むしろぼくの方が彼らにチョコをあげなくてはならないくらいです。

この時期、バレンタインなんてなければいいのに・・・と内心密かに思っておられる方は(男性はもちろん、もしかしたら女性も)いらっしゃるのかもしれませんが、子どもたちはいたって屈託なく、ぱくぱくと与えられたチョコをおいしそうにほおばっています。そりゃそうですよね。美味しいお菓子が食べられれば、その日はいつだって彼らにとって祝祭日なんですから。

ぼくも面倒くさいこと(?)は忘れて、明後日は子どもたちと一緒にチョコをいっぱい食べたいと思います。というわけで今回はみんな大好き、バレンタインデーのお話でした!

『ドーン・オブ・ザ・デッド』 

2017, 02. 11 (Sat) 00:30


DOTD.png


久しぶりに『ドーン・オブ・ザ・デッド』を観ました。『ドーン・オブ・ザ・デッド』と言っても、ジョージ・A・ロメロ監督のDawn of the Dead(1978)、いわゆる『ゾンビ』ではなく、2004年に作られたそのリメイク版の方、通称、新ドーンです。

ぼくはこのリメイク版の『ドーン・オブ・ザ・デッド』が大好きで、もう何度も見ています。ぼくが無類の恐がりで、ホラー映画の類いがまるで苦手なのはすでにお話ししましたが、にもかかわらず、この映画が大好きなのは、この作品がそんな怖さをも払拭させてしまうほどのきわめて高純度のエンターテインメントに仕上がっているからでしょう。

ストーリーとしては単純で、ある日突然死者が蘇り、人々は訳のわからぬままその地獄のような限界状況の中を必死に生き延びようとする―――まあゾンビ映画はだいたいこんな感じの世界観なわけですが―――ある種のサバイバル・アクションとなっています。主人公の看護婦の女性アナは、ある朝目覚めると世界中に死者が蘇るという謎の感染病が蔓延している事を知り、必死に自宅から車で逃げ出すわけですが、映画の冒頭数分でこの破滅的状況が視聴者に掲示されてからはあとはもうノンストップ、息を吐く間もないほどの展開が待ち受けています。そして追い詰められた彼女たちがむかうのはモール、いわゆる複合商業施設です。やはり『ゾンビ』といえばモール。仮にもこのタイトル冠する以上、ショッピングモールは舞台として欠かせません。

新旧両作において、ここで登場人物達はつかの間の平和と安全を手に入れるわけですが、ここに至るまでの展開が最初のクライマックスというか、観ていて一番わくわくするところです。というか、「だれもいないスーパーやデパートを独り占め」というのは、チャップリンの『モダンタイムス』を例に挙げるまでもなく、ぼくらが漠然と抱く子供じみた夢といいますか、「こんなことしてみたいな」という願望の現れなんでしょうね。でもたしかにゾンビが大量発生でもしないかぎり、なかなかそんなことできませんしね。「街全部、俺のもの」というのは『アイ・アム・レジェンド』もそうですが、なにやら男の子の(女の子もかな?)サバイバル心をくすぐるものがあります。

ちなみに新ドーンでぼくのお気に入りのキャラクターは警備員のCJです。(アンディも好きですけど)初めはイヤな奴かと思いきや、単に不器用で人付き合いが不得手なだけで、一度「信頼関係」を結ぶと仲間想いの良い奴になるという熱い男です。この手のジャンルムービーのキャラクターらしく重火器の扱いにも長けており、ゾンビを次々に打ち倒す最後の男らしい戦いっぷりと自己犠牲精神には毎回感動を禁じ得ません。

他にも走るゾンビだとか、モールの側にあるという銃器店の処理の仕方など、新機軸が盛りだくさんのこの新ドーン、当時としてはかなりの意欲作であることは間違いありません。最近はテレビドラマ、『ウォーキング・デッド』などの影響もあってすっかりお茶の間に市民権を得た「ゾンビもの」ですが、「こわいけどわくわくする」というこの『ドーン・オブ・ザ・デッド』が、その嚆矢となったと考えるのはいきすぎでしょうか。

最近の本当におっかないホラームービーなどに比べたら、どこかユーモラスな部分もありますし、ウェルメイドな良い作品だと思います。(ゾンビ映画でウェルメイドというのも妙な話ですが)この手の映画が苦手だという方も、もし機会があればぜひご覧になってみて下さい!

見知らぬ土地 

2017, 02. 10 (Fri) 00:30


RD1.jpg


先日久しぶりに駅からタクシーに乗り、大通りまで行きました。なにせ駅のホームがあまりに外国人観光客の方たちでごった返していたので、さぞタクシー業も忙しく利用客に恵まれていることだろう・・・と思いきや、運転手さんによれば「いやあ、ぜんぜんだねえ」とのことでした。どうやら観光客の方たちはタクシーをあまり利用されないらしいのです。ううむ。意外。

よほど話し好きな運転手さんなのか、それとも己が愛車が旅行客に利用されないことを残念に思っているのか、目的地に着くまでの間、ずっと「いかにこの季節はタクシーはもうからないか。観光で潤うのはホテルなどの宿泊業とお店屋さんだけなのだ」ということをしきりにぼくに力説していました。でもその運転手さん、相槌を求めてかしきりに後ろを振り返って話しかけてくるのがこわくてこわくて・・・。や、お願いですから前方を見て運転して下さい。

でもその運転手さんの話もちょっとわかるような気もしました。言われてみれば、ぼくらも海外でなかなかタクシーに乗ろうという気にはなりませんものね。(なんかちょっとおっかないですし)見知らぬ土地を訪れた人間には、なるべくなら電車や地下鉄などの公共交通機関を利用して移動したいという心理が働くのかもしれません。タクシーって密室ですしね。

そういえば数日前、都内でタクシーの初乗り料金が410円になったというニュースが流れていましたが、あれも観光客の方たちの利用が増える一助となるのでしょうか。そんなことを考えつつふと車窓の外を見やると、ダウンジャケットを着こみ、颯爽とキャリーバッグやスーツケースを引っぱりながら舗道を闊歩する旅行客らしい女性達の姿が。そのほっぺが上気しているのは、必ずしも外気の冷たさからだけではなさそうです。

旅先ではただ路地を歩くだけで異様にわくわくするんですよね。石畳の質感から始まって空気の佇まいや街角に並ぶ看板の色合いの鮮やかさ、匂い、音、流れゆく車の形状・・・外国の見知らぬ土地を歩くときのあの不思議なときめきや興奮を思い出し、今、彼らはそれを味わっているんだと思うとすごくうらやましい気持ちになりましたね。

また久しぶりに旅がしたいなあ。

夜更かし 

2017, 02. 09 (Thu) 00:30


yofk.jpg


最近、妙に規則正しい生活が続いております。規則正しい、というのはいわゆるまっとうな社会人(?)のように、早朝起きて日中活動し、夕ご飯を食べて夜に休むという暮らしのことです。ぼくとしてはかなりレアというか珍しい生活のリズムなわけですが、どういう風の吹き回しかかれこれもう一週間以上続いているんですよね。

といっても、べつに心を入れ替えたわけでもなければ、生き方を変えたつもりもなく、たまたま朝の早い時間に歯医者さんを予約していたり、人と会う約束をしていたりという偶然が重なっているだけなのですが、こういう暮らしもいいものですね。早朝電車に乗り日の高いうちに目一杯忙しくして、夕刻日が傾きだした頃、一仕事終えた感じで今日一日を振り返り、やがて暗くなった頃に帰宅の途につく・・・。あまり(というかぜんぜん)馴染みはありませんが、こうしてある一定のテンポの下で暮らしていると、あたかも自分が堅気になったような錯覚をおぼえ、なにやらくすぐったり気持ちになったりします。いや、たんに不規則な生活がぐるりと時計の針を一回転し、たまたま周回遅れのランナーのように生活のリズムが真人間の人たちと合致しただけの話なのですが。

こうした暮らしに難点が一つあるとすれば、ぼくの大好きな夜の時間がベッドに入る睡眠時間となってしまうということです。(当たり前ですけど)夜というのはぼくにとって長年にわたって活動時間にして創作期間だったわけで、この時間に遊んだり本を読んだり書いたり妄想したり空想したりだらだらまったりすることはとても大切なひとときであり、この時間にごそごそ活動していないと、なにやら人生を損したような気になってしまうんですよね。ちゃんと一日が経った気がしないというか。

このところ体調はいいですし、夜に眠たくなるのはいいことだと頭ではわかってはいるのですが、それでも不規則で怠惰な深夜のひとときが妙に恋しくなるのは宵っ張りの業というものでしょうか。うーむ。今日あたり久しぶりに夜更かししてみようかな・・・などと目論みつつ今日は夜更かしのお話でした。

雪祭り 

2017, 02. 08 (Wed) 00:30


MICU.jpg


今日、JRに乗るのに切符を買うため券売機の前に立っていたら、旅行者とおぼしきアジア人の女性の方に流暢な英語で話しかけられました。どうやらお持ちのSuicaが使えないらしく、困っているとのことでした。調べてみると残高が0になっていたたので、券売機でチャージする方法を教えて差し上げるとうまくいったようでよかったです。・・・と書くと、まるでいかにもぼくがスムーズに対応したみたいですが、まるでそんなことはなく、何度も聞き返した末にやっとの思いで先方の言っていることを理解し、なんとか対処したわけですが。いや、お役に立ててよかったよかった。

それにしてもこの時期の観光客の方たちの数の多さには圧倒されますね。おそらく札幌雪祭りにあわせて観光に来られたのだと思うのですが、アジア圏の方だけでなく、ヨーロッパからも観光に来られているようで駅のホームに立っているだけで様々な人種の方たちが入り乱れ、無数の言語が交錯し、ちょっとした異空間に迷い込んだような心持ちになります。観光がお目当てなだけにご家族連れの姿も多く、ふわふわの金髪をした男の子がお母さんに手を引かれて普通に歩いていたりしていてこの街もずいぶん変わったなあと思いますね。

雪祭りの方はたいへんな賑わいのようで、ぼくも今年は噂の雪造りの興福寺・中金堂を見てみたいなと思っています。プロジェクションマッピングという、カラフルな光を当てる演出が素敵なんですよね。(テレビ中継で見た)あと雪ミクちゃんのグッズがなにかひとつ欲しいのでどこかのフェスティバルやブースに立ち寄ってみたいです。運が良ければ雪ミクさんに会えるかもしれないので。でもいつも思うんですけど、あの雪ミクさんって顔が大きいせいか、すごくかわいいですけどなんか異様な迫力がありますよね(笑)等身大ですし。

久しぶりにミクちゃんのねんどろいどを買おうかなと考えつつ、今回は雪祭りの話題でした!


サービスエリア 

2017, 02. 07 (Tue) 00:30


se1.jpg


先日テレビをつけていたら、むかし母方の田舎に行くのによく利用したサービスエリアが新しくリニューアルされたというニュースが流れていました。建物が新しくなったのにともない、お土産コーナーなどの売り場も広くなり、食堂もすっかり新しくなったとのことです。地産の食材をふんだんに使った新メニューの味噌ラーメンなどが紹介されており、思わず「食べたいなあ」とつぶやきをもらしてしまうほどでした。

それにしてもサービスエリアでの食事はどうしてああも郷愁をそそるのでしょうね。やはり通りがかるときは車の運転でお腹がすいているからでしょうか。たくさんのドライバーさんに混じって食べるラーメンやうどんやカツカレー・・・いわゆる日頃からぼくたちが口にしている安価で定番の食事が、ああいう席ではこの上なくおいしく感じられるですよね。きっとあれは隠し味として「空腹」という名の調味料にたっぷり味付けされているせいなんでしょうね。

かつてはあれほど通った田舎ですが、今は殆ど行くことはなくなりました。猛吹雪の日などは、ライトを灯していてさえ十数メートル先も見えなくなるような視界不良の高速道路やトンネルを抜けたら突然つるつるのアイスバーンが続く悪路など、時に肝を冷やすような思い出のある往路も、こうして行く必要が絶えた今となっては、そんな困難さえもなつかしい記憶となって思い起こせるのが不思議です。ほんと、よく通ったなあ。そして温かいサービスエリアでの食事。パーキングエリアで車を止め、ほっと一息ついて自販機で缶コーヒーを買ったり、お菓子を買ったり、あつあつの蕎麦をすすったりしながら、家までのルートをあらためて頭の中で確かめるとき、窓の外では西日の最後の残滓が高速道路の向こうに広がる地平線を美しく紫がかった群青色に染め上げていたものです。

義務から解放されるとき、人は何かを失う。それは慣れ親しんだ習慣だったり規範だったり、あるいは地産の美味しいラーメンだったりもする―――。ふと夕刻のニュースを見ながらそんなことを思った一日でした。

最近の出来事 (思いつくままに) 

2017, 02. 06 (Mon) 00:30


hado.jpg


最近の出来事です。つれづれなるままに。


『ハドソン川の奇跡』を見た


先日、クリント・イーストウッド監督の『ハドソン川の奇跡』を見ました。この映画は2009年に実際にアメリカであった飛行機事故を描いた作品で、主演はトムハンクス。「トム・ハンクスが主演」と言うキャスティングを聞いただけでもう100%クオリティーが保証されたようなものですが、今作でも大規模な不時着水事故にも関わらず死者を一人も出さなかったベテランパイロットを重厚感たっぷりに演じており、もはや実家に帰ったような安心感(?)で実に楽しく観ることができました。ふつうに感動できる、いい映画です。

老齢と言うこともあってか、最近はイーストウッド主演の新作映画を観ることはできなくなりつつありますが(ぜんぜん行けると思うんだけどなあ)、監督としてはもはや他の追随を許さぬ領域まで到達しつつあるイーストウッド監督。当たり前のように名作・傑作を連発する得がたい存在となった彼には一映画ファンとしては畏怖しかありません。ぜひ今後も一本でも多く作品を作り続けてほしいです。


ようやく風邪が抜けた

東京に行く前あたりから引いていた風邪が抜け、ようやく体調が戻ってきました。というか、たぶん身体の方が冬の寒さに完全に適応したのでしょう。インフルエンザほど酷くはなかったですけれど、やはり身体がぐずくずしていたら気持ちもいまいちしゃきっとしませんからね。二月になったことですし、今までだらけていた分を取り返すくらいの勢いでがんばりたいですね。


若干腰痛気味


・・・などと書いておきながら、最近腰に痛みが。というのも、このところ子どもたちと外遊びをするとき、子どもたちをひとりひとり抱っこしては雪の中に放り投げるということをやっているからです。何故そんなことを、と思われるかもしれませんが、これをやると子どもたちはすごく喜ぶんですよね。(雪はふかふかなので痛くありません)その際、子どもたちをお姫様抱っこして抱え上げるわけですが、いくら小さいと言っても20㎏くらいはありますから、けっこー腰に来ます。ひとりやってあげると、我も我もとねだってきますのでそれをまた抱え上げて・・・とやっているうちに、気がつくと汗だくに。ううむ。二十代の頃はなんてことなかったのに、これも時の流れでしょうか。でも子どもたちが笑顔で喜んでいるのを見ると、こっちまで元気になるんですよね。

まだまだ寒い日は続きますが、体力をととのえてがんばって乗り切りたいと思います! なにか美味しいものでも食べに行きたいですね。


豆柴 

2017, 02. 05 (Sun) 00:30


mame.jpg


最近、ペットに興味を持っています。具体的に言うと犬、というか豆柴なのですが、かわいいなあと思うことが多くて。でも自分にちゃんと飼う能力があるかどうかいまいちわからないんですよね。ぼくの性格から言って途中で放り出すようなことはないとは思うのですが、でも軽はずみな気持ちで飼っても犬の方もかわいそうですしね。

なぜこんな気持ちになったのかというと、家の近くの大きくて立派なホームセンターにこれまた大きなペットコーナーがあり、そこでたびたび子犬を見かけるからです。子犬はどの子もケージの中にちょこんといるのですが、その中で精一杯動き回るその様子がもう可愛くて可愛くて・・・。いや、それ以前から飼いたいなあとは思っていたのですが、あんなの見せられたらめろめろになってしまいます。間近で眺めていたら、あんな小さくても一匹一匹もう性格がちゃーんとあるんですね。やんちゃな子、大人しい子、活発な子、用心深い子・・・。ふと気がつくと、まるで自分の仕事に引きつけて考えてしまっていたり。

犬で思い出すのは、ばあちゃんの家です。いつぞや書いたようにぼくの祖母の家はお店屋さんでしたので、長年番犬として犬を飼っていました。姿の良い秋田犬で、毛がモフモフしていたのをおぼえています。散歩に連れて行こうものなら元気いっぱい、凄い力で綱を引っぱるので子供心に閉口した記憶がありますね。でもかわいかったです。ただ、のんきな性格だったのか番犬としてはあまり役に立っていなかったような気が・・・(笑)

秋田犬もかわいいですが(しっかり者?ですし)、でも豆柴もかわいいですよね。飼うなら子犬から大切に育てたいけど、でもできるかなあ。我が家は一軒家ですし、まわりも自然が多いので環境面ではとくに問題はなさそうですが、一つの生命を引き受けるという決心や決断は、やはり簡単ではありませんね。でも日々傍らにいればきっと尋常じゃないくらい情が移ってかわいいんだろうなあ。それこそ生活が一変するくらい。

などとあれこれ思い悩みつつも、今回はかわいい犬の話でした。


寒波 

2017, 02. 04 (Sat) 00:30



blizzard.jpg


寒いです。今朝は吹雪で、窓の外を見ると強風に雪が舞い散り、ちょっとしたブリザードみたいになっていました。午後になって日が出てきたのでちょっと表を歩いてみましたが、今度は耳が千切れそうになるくらいの寒気が全身を包みます。久しぶりの顔が痛いくらいの寒さです。うー、二月になっていよいよ本格的に寒さが増してきました。

そんな中、子どもはやはり元気です。今朝雪かきをしていたら、ランドセルを背負ったご近所の小学生がぺこりと頭を下げ「おはようございます」と声をかけてくれました。ぼくもあわてて「おはようございます」と言葉を返しましたが、その子は積雪もものともせず、あたりの雪をかき分けながら、ぴょんぴょんスキップして登校していきました。いやあ、逞しいなあ。

たとえ鼻先を真っ赤にしていたって、子どもたちは室内で遊ぶよりはお外で遊ぶ方を好みます。雪かきの後地下鉄に乗ったら、今度はスキーと道具一式をケースやバッグに詰めた詰めた中学生くらいの男の子が車両に乗ってきました。きっとこれからゲレンデに滑りに行くのでしょう。厳しい寒さの訪れは、同時に本格的にウィンタースポーツのシーズンが到来したことを意味しています。スキー、スノボ、スケート・・・その気になれば何でもできる環境が身近にあるのは、そして小さいうちからそれらのスポーツに親しみ、習熟する機会があるというのは、やはりこの地にある特権なのかもしれません。

ただもうちょっと冷え込みが和らいでくれたら助かるんだけどなあ、と帰宅後、ストーブの前で暖を取り、紅茶を飲みつつしみじみと思う筆者でした。


掛け軸 

2017, 02. 03 (Fri) 00:30


KAKEJ.jpg


我が家の和室の床の間には掛け軸がひとつ架かっています。

うちにはさしてお宝と言いますか、由緒正しい品がある訳ではないのですが、この掛け軸だけはわりと大事にしています。と言っても、なにか由来があったり先祖伝来の巻物というわけではなく、数年前中国の北京に旅行に行ったとき(以前ブログで書いた、指を骨折したときの旅行です)に、とある筆の偉い先生に揮毫してもらったもので、以来大事に飾ってあるというわけです。

その掛け軸には『心清事達』と書かれています。心ヲ清クシテ事ニ達スル、と読むのでしょうか。雄渾、と言うべきか素人目にも見事な筆致で、たまに家に来客があるとどの方もえらく感心してくれます。そのたびにぼくは内心鼻高々となるわけですが、それはぼくがこの掛け軸を「偉い先生に現地中国で書いていただいたとても高価で値打ちのあるもの」と思っているからではなく、むしろ逆で、この先生のことを滅茶苦茶うさんくさい先生だと思っているからです。

あれは確かかつて紫禁城だった故宮博物院を観光したときだと思うのですが、ガイドさんのすすめもあって、ぼくは書道のとても偉い先生が勤務されているという建物にむかいました。正直あまり興味があるわけではなかったのですが、その建物に足を踏み入れたぼくはそこで、机の前で静かに端坐する一目で偉人と知れる見事な髭をたくわえた一人の男性と遭遇しました。年の頃は五十の半ばでしょうか。すらりとした長身、堂々たる体躯、ただならぬ眼光、威あって猛からずといった風貌の中に一芸によって磨き上げられた誇り高き知性が充ち満ちています。歴史上の大人物・・・例えば劉元徳や劉邦はまさにこういう風貌の人物だったに違いないと思えるようなその素晴らしい威厳を備えた書の大家にぼくはいっぺんに魅了されました。しかも(ガイドさんの言葉によれば)運の良いことに、今日はなんとこの先生御自ら腕を奮い、書を揮毫してくださると言うのです。やったあ。なんたる幸運!

ぼくらはすっかりうれしくなって財布を取り出し、紙に何文字書いてもらおうかガイドさんとせっせと商談を始めました。(値段は確か一文字で○万円くらいだったと思う)しかしすごく面白いのは、その書の大先生、商談するぼくらの会話をすぐ間近で悠然と目をつむりながら全部聞いているのです(笑)。おそらく、ガイドさんの手に渡ったぼくらのお金はいくらかのペイバックを彼の手元に残し、その大半が先生の懐に入る仕組みになっているのでしょう。その先生の威厳に満ちたとりすまし顔が可笑しくて可笑しくて・・・。ぼくはすっかりこの先生のファンになってしまいました。てか、完全にビジネスやん!

結局、お金を払ったぼくの要望を受け、先生はやおら筆を手に取るや毛筆にたっぷり墨を含ませ、一気呵成に見事な字を書いてくれました。や、本当に感動しました。(思わず握手をしてもらって一緒に写真を撮らせてもらったくらい。)その掛け軸は大切に箱に収め、日本に戻ってから床の間に飾ることにしましたが、この体験は忘れられぬ旅のトピックとなりました。

あれからもう何年も経ち、旅そのものの記憶はだいぶ薄れつつあります。ですがこの掛け軸に記された見事な筆致を見るたび、威厳と世俗臭を二つながらに兼ね備えたあの押し出しのきいた老先生のことを、そしてその流れるような筆捌きを懐かしく思い出します。


女の子 

2017, 02. 02 (Thu) 00:30


KOI.jpg


こうした仕事に就いている以上、子どもたちはなるべく均等に可愛がるようにしていますが、やはり人間ですからどうしても子によって接する時間や会話の量など、親しみ深さに差が生まれてしまうことがあります。男の子の場合はそれでも大して問題にはなりませんが、困るのは女の子です。

以前ですが、とある女の子が新しく教室に入ってきて、その子を可愛がっていると別の女の子が一年間口を利いてくれなくなったことがあります。新しい子は帰国子女で、ご両親の都合で日本に戻ってきたばかりでまだ日本語があまり上手ではなく、ぼくとしては慣れるまでなるべく親身にしてあげたいと思ってしたことなのですが、その女の子にすればぼくの愛情が全部新しい子に移ってしまったと感じたのでしょう。ずいぶん懐いてくれていた子だったのに急に話しかけても返事もしてくれなくなり、その変化にはぼくもかなり戸惑いました。(ぼくもまだ新米の若造だったので)それにしても、たった六歳でも女の子は女の子なんですね。この経験はぼくにとってもかなり大きな出来事で、ひとつの教訓として今も記憶に刻まれています。

男の子だって小学校に上がるくらいになるとけっこーそれなりに複雑な内面を抱えているものですが、女の子の場合は男の子のそれとはやや事情が異なるというか、陰影の度合いが強いようです。(むろん個人差はありますが)というか、やはり男のぼくにはわかりづらい面があるのか、女の子はかわいいけどむずかしいぞというのがぼくの実感です。むろん女の子でも屈託のない子や、ごはんや遊ぶことにしか興味がない子もいてそれはそれでかわいいのですが。でも中には小さくても大人びているというか、おませさんの子もいて、そういう子と接するときはやや慎重になりますね。

以前に面白かったのは、小学校に入学したての女の子が大まじめに「わたし、好きな男の子が5人できた」とか言っていたことです。きっとその子はあれこれクラスの男の子たちを値踏みしていたのでしょう。5人は少し多すぎだろ、と思いましたが、女の子はこれくらいませているのが当たり前なのかもしれません。ついでに横にいた同い年の男の子がその話を聞いてきょとんとした顔をしていたのが余計に面白かったです。ああ、男女の性差、かくのごとし。

こんなことを綴っていたらまた子どものお話を書きたくなっちゃったな。などと創作の芽が頭をもたげてきたところで、今回は女の子のお話でした!


『バイオハザード7』 

2017, 02. 01 (Wed) 00:30




B7.jpg


Amazonプライムを利用するようになって以来、とんと行かなくなってしまったDVDのレンタルショップですが、本日何の気なしに入ってみると店頭で「バイオハザード7」の特設コーナーが設けられ、デモムービーが流されていました。一分ほどその場に佇んで見ましたが、もうそれだけではっきりとわかりましたね。ぼくはこのゲームをプレイするのはぜったいに無理です。たとえソフトを買っても30分も続ける自信がありません。てゆーか、なんであんなに急に怖くなったのでしょう。暗いし、視界は狭いし、雰囲気も音楽もおっかないし、あんなの反則でしょ。お店で働いている店員さんはあんなものを流してこわくないのでしょうか。

バイオハザードといえば、言わずと知れた人気ホラーゲームです。「恐がりだけどゾンビ好き」という妙な属性持ちのぼくですが、バイオはそんなぼくにぴったりのゲームということもあって、昔はずいぶん楽しませてもらいました。ただ初期のどこか牧歌的な操作方法の頃はまだよかったのですが、シリーズを重ねだんだんアクション性が強まってくるにつれてついていけなくなり、最近はぜんぜんやらなくなっていました。やっぱり2とか4は好きですね。

そんな中「7」は久しぶりに食指が動くと言いますか、アナウンスの段階からちょっとやってみたいなと思うゲームだったのですが、ううむ、ちょっとこわさが予想の斜め上を行っていたようです。聞けば今作のコンセプトはもう一度「恐怖」という原点に立ち返るというものらしいですが、いくらなんでも立ち返りすぎというか、もうちょっと加減というものをしてくれないとぼくみたいなへたれはプレイすることもできなくなってしまいます。仕方ないからYouTubeなどでプレイ実況を見てみましたら、こっちも怖いなあ。なのにすごい再生回数。きっとみなさん、ぼくみたいに怖いもの見たさ半分で動画を見ておられるのでしょうね。それにしても、こんな風に気軽に「恐怖を共有できる」とはすごい時代になったものです。

ちなみに店頭では7のパッケージ版はすべて売り切れになっていましたから、人気があるんでしょうね。まあダウンロード版を買えば問題はないのですが、うー・・・でもやっぱりちょっと怖いなあ。などと購入ボタンの前で逡巡しつつ、ゲームの進化にしみじみと感じ入った一日でした。