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今年一年、ありがとうございました。 

2016, 12. 31 (Sat) 00:30

大晦日です。

2016年もいよいよ今日で最後。思えば今年はぼくにとってもいろんなことのあった年でした。久しぶりに作品を発表したこともそうですし、このブログを始めたこともそうです。なにより、こうしてみなさんとお知り合いになれたことは、ぼくにとって大きな喜びであり、おどろきでもありました。(いや、本当に始めるときはドキドキだったものですから!)もちろん来年以降も当ブログは日々更新してまいりますので、時々眼を通していただければ幸いです。

ぼくという物書きが世に出てしばらくたちます。長く作品を発表しない時期があったりと、なかなか健筆といかないポンコツ作者であることを読者の皆様には申し訳なく思っております。実際、前作の『時載りリンネ』からこの『さよなら、サイキック』の発表に至るまで、長く時間が開いてしまいました。正直申しまして、この間あまり劇的な出来事や紆余曲折みたいなものはないのですが、それでもぼくの作品を楽しみにしていだいている(ごく少数の奇特な)ファンの方々にはずいぶんお待たせすることになってしまいました。

それでもこうして胸にあたためていた作品を一つ書き上げ、発表できたことで、ぼく自身、ひとつ憑き物が落ちたような心持ちがしております。来年はまた新たな物語を書きたいと思っていますが、これまでぼくが書いてきたテイストのものとはかなり違ったものになるかと思います。ぼくにとってもチャレンジですし、けわしい道のりになる可能性もありますが、今後も見守っていただければ嬉しいです。

このブログを読んで戴いている方にはだいたいおわかりかと思いますが、ぼくは性格的・精神的にあまり波がないといいますか、基本のほほんとしているマイペースな奴です。それが良い面もありますが、ともすれば書く楽しみに溺れ、まったりし過ぎる場合もありますので、そうならないよう気を引き締めてがんばりたいと思います。幸い、このブログのお陰(?)でずいぶん締め切りという概念に敏感になりましたので大丈夫だとは思いますが。(なにせ日に一度、締め切りがある)

ともあれ、今後ともこの『天体観測』、そしてへっぽこ作者をよろしくお願い致します。

それではよいお年をお過ごし下さい。今年一年、ありがとうございました!

清野静

まったり年の瀬 

2016, 12. 30 (Fri) 00:30


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今日、久しぶりに近くの神社に散歩に行ってきました。

詣でるには二日早い計算になりますが、べつにこういうことは何度してもばちが当たることではありませんしね。初詣は初詣でまた機会を改めて行くとして今日も手を合わせて参りました。雪が降り出しており、むちゃくちゃ寒かったですけれど。

近くのコンビニで買ったホットの紅茶花伝を飲みつつ広い境内を見渡すと、白い雪がまんべんなく降り積もり、あたりは一面冬景色です。賽銭箱にもうっすらと雪が積もっており、投げ入れた硬貨の跳ねる音も心なしかどこか冷えた質感を伴っています。心を鎮めて手を合わせたあと、ふと自分が忙しさにかまけてずいぶん神社に来ていなかったことに思い至ります。うーん。それにしてもこの一年、いろいろなことがあったなあ。

たまには外食でもと近くのレストランで食事をしたあと、帰宅。テレビで天皇杯をつけつつ読書。たまっていた本をまとめて読む。時代小説とホラー以外フィクションをまったく読めない身体になって久しく、評論や歴史書、ノンフィクションが面白くて仕方がない。いつかまた屈託なくフィクションを楽しめる日が来るのかなあ。

『さよなら、サイキック』は自分の中の「少年脳」というか甘酸っぱい要素を抽出すると同時に中二病的な要素も全開にして書いたのでその反動が来ているのかも。ベトナム戦争や昭和天皇関連の書籍を読むのが今は楽しいので、しばらくはそっち路線で読書を続ける事にしようと心に決める。

ふと気がついてテレビを見ると川崎フロンターレが勝っています。これで元日の天皇杯決勝は鹿島アントラーズ対川崎フロンターレということに。たぶん、今日本で一番強い二チームの対決です。

今年も残すはあと二日―――。年の瀬の迫るある一日のできごとでした。

迫る年の瀬 

2016, 12. 29 (Thu) 00:30


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年も押し迫り、今年も残すところあと数日となりました。

道を歩いていてもどこか年の瀬の雰囲気を感じることが多くなりました。舗道ですれ違う人の足取りにどこかあわただしさを感じるのは気のせいでしょうか。ぼくも今日あれこれ用事たしを済ませてきましたが、この時期はなにやら雑事ばかり増えるような気がします。郵便局へ行ったり、お使いに行ったり、銀行に行ったり・・・。年内の平日のうちに雑事を済ませてすっきりした気分で新年を迎えたいという思いがぼくらの胸にあるせいかもしれません。

もっとも役所などの公共機関はともかく、その他のお店はお正月でもだいたい営業していますからね。食事を含め日常生活にあまり不自由はありません。(いかにもお正月という風情にはちょっぴり欠けますが)便利な世の中になったものです。ちなみにぼくは毎年この時期になると田舎に帰省していましたが、今年はのんびり自宅で過ごすことになりそうです。田舎で過ごす正月もあれはあれでけっこう好きだったんですけどね。早朝地元の小さい神社に初詣に行って、まばらな参拝客に混じってお参りしたり、無料で振る舞われる御神酒を飲んだり、昼前に帰ってきてNHKの天皇杯を見たり・・・。

なんとなくテレビを見る機会が増えるのもこの時期です。田舎ではWi-Fi環境がないためネットが使えず(スマホはOK)、必然的に本を読むかテレビを見ることになります。畳の間でだらだらテレビを見続け、これではいかんと起き上がって一応ワープロの前に向かうも、あまり気が乗らなく再びだらだらしてしまい、砂糖醤油をつけて焼いたお餅を食べてしまったり。

でもこういう記憶を持っているのって案外幸せなのかもしれない、とこのところ思うようになりました。人生の一時、「田舎」という場所を持てた、そしてそこで時を過ごせたと言うことは、きっと何にも代えがたいことだったんでしょうね。そのときは暇だなあ、早く帰りたいなあとか思っていたんですけどね。

いささかしんみりとしてしまいましたが、もっとも、懐かしい思い出と共に正月気分に浸るのはまだ早かったようです。残る数日、きっちり身の回りの雑務を済ませ、晴れ晴れとした気分で新たな新年を迎えたいと思います。

ブログと『サイキック』 

2016, 12. 28 (Wed) 00:30

昨日に引き続き、拙著『さよなら、サイキック』の二巻についてのお話です。

この巻を書いていた時期は季節で言うと夏の終わりから冬にかけてということになります。その間、いろんなことがありました。ぼくにとって小説を書くことが人生の第一義であり、それ以外のことは些事だという考えは今も変わっていないのですが、それでもこうして生活していると(当たり前ですが)いろんなことがあります。ですがこの巻を書いていた時期がぼくのこれまでの創作期間とひとつ決定的に異なっている点は、「作品を書きながら同時にブログも書いていた」ということにあります。

当ブログは一巻の発売前にスタートしましたから、この『愛と解放の地図』の執筆中、ぼくはすでに原稿を書く傍ら、ブログも一緒に書き綴っていたということになります。つまり毎日毎日ちょっとずつ作品用の原稿を書き進めつつ、日に一度ブログの更新をしていたわけですが、当初の自分の予想に反して思ったほど大変ではなかったな、というのが振り返っての実感ですね。

ぼくは原稿は朝書くことが多いのですが、(いろいろ試行錯誤の末、この時間に落ち着いた)ブログは夕方から夜にかけて書くことが多かった気がします。なんとなく自然とそういうリズムができあがっていきました。たぶん同じ文章を書くという作業でも、使っている脳の部分がちがうのでしょうね。わりとすらすら書けました。もともとこのブログを始めるにあたってのコンセプトの一つとして「絶対に無理をしない」「だらだらして書く」というのはかたく心に誓っておりましたので、それが功を奏したのかもしれません。自分でもちょっとブログの文章に力が入っているな、と感じると「いかんいかん。もっとだらだらしないと」と、己で己を戒めたり。(笑)まあ、一生懸命気合いを入れて頑張る、というのもあまりぼくらしくないですしね。

そんな風に同時期に書き進められたふたつの文章ですが、こうして振り返るとなにやら感慨深いです。というか、ぼくも初めてブログの効用について気づいたのですが、これって読み返すと日記みたいに使えるんですね。べつにその日の出来事が事細かく記されているわけではないのですが、その時々でぼくが考えていたことが記されているので、「ああ、そういえばあんなことがあったっけ」と懐かしく記憶が甦ります。もう量が膨大になってしまっているので、面倒で改めて読み返したりはしませんけれど。ぼくは横着でこれまで日記なんてほとんどつけたことのない人間ですが、でもこうして過去にしたためた文章が残るのって、なんかいいですよね。

それにしても最初にブログを始めたときは、まさかこんなに続くとは思ってもいませんでした。(というか、絶対自分が飽きると思っていた)これも当ブログを楽しみに読んでいただいている読者の皆さんのお陰です。これからもマイペースでまったりだらだら(?)と続けて参りますのでよろしくお願いします!



『さよなら、サイキック 2.愛と解放の地図』 

2016, 12. 27 (Tue) 00:30

お知らせです!

来年、一月一日に拙著、『さよなら、サイキック 2.愛と解放の地図』が刊行されます! ぼくも長く作家業をやっていますが、元旦に本を出版させていただくのはこれが初めての経験です。ちょっと不思議な気分ですが、年始のお供(?)にお手にとって頂ければ幸いです。自分としては読者の皆さんにはご実家に帰省中にのんびりと、またはお部屋のコタツにでも入りながら気軽にページをめくっていただけたらなあ、と思っています。(冬ミカンとかお餅を横に置いて)

さて第二巻ですが、物語は第一巻の直後から始まります。前巻がああいう形で終わったので、あるいはやきもきしている読者の方もいらっしゃるかもしれませんが、実を言うとこれに関しては作者であるぼく自身が一番やきもきしていました。ていうか、「どーすんだ、これ」と書きながら思っていましたしね(笑)。ともあれ先の展開を楽しみにしていただければ書き手としてこんなに嬉しいことはありません。

また二巻には新キャラクターがたくさん登場するので(超能力者を含めて)、このブログでも彼らのキャラクター像についてや創作上の想いについて自由に語ってみたいと思っています。もう明日からでもすぐに始めたいところですが、でも発刊前に新キャラクターについて語ってしまうとネタバレになってしまうのかなあ。読者の皆様にはなるべく先入観なしに読んでいただきたいですし、うーむ。悩ましいところです。

もちろんログ、ロンド、軍乃の三人も元気に登場します。不思議な出会いを経て友達となった三人の関係がどう変化していくか―――、この作品は思春期にまつわる物語であり、『恋愛物』という体裁をとっておりますが、なにせ作者も含め登場人物達は揃って不器用でポンコツときていますので、そのへんも含めてあたたかく見守っていただければ幸いです。

内容やキャラクター紹介についてはまた日をあらためてがっつりと語りたいと思いますが、まずは『さよなら、サイキック』二巻発売のお知らせでした!

真田丸完結 

2016, 12. 26 (Mon) 00:30


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渋くてかっこいい真田昌幸


先週、真田丸の放送が終わりました。

ぼくも一年間この大河ドラマを追ってきましたが、とうとう最終回を迎えることになりました。正直なところ終盤やや息切れした感がありますが、でもとてもいい作品だったと思います。こうして一年もの間、一つの作品を毎週楽しみにして視聴したことなどずっとありませんでしたから。

いちばん面白かったのはどのあたりのエピソードでしょうか。やはり序盤から中盤にかけてかなあ。信繁と信幸がまだ青年で、父ちゃんこと昌幸が一家の采配を振るっていた頃・・・時代で言うと武田家が滅亡し、真田家が北条、上杉、徳川といった強大な隣国の間で必死に生き延びる道を探していたあたりのお話は好きですね。魅力的な俳優さんが多数登場し、それぞれが味わい深い演技を見せてくれました。

大阪編もよかったです。小日向文世さん演じる豊臣秀吉が活躍するエピソードです。ぼくは映画『清洲会議』を見ていたせいか、小日向さんには丹羽長秀のイメージが強かったのですが、でも真田丸で描かれた秀吉も複雑な内面を抱えたとても魅力的な人物だったと思います。というか、この真田丸に出てくる登場人物達すべてに言えることですが、この作品の凄いところはそれぞれの戦国武将に対するそれまでのイメージをつくり変え、解釈の幅を広げたことにあると思います。

ぼくはこれまであんな気弱で頼りなげな上杉景勝を見たことがありませんでしたし、犀利な策略家としての横顔を持つ北条氏政もドラマで見た記憶がありません。きわめつけは真田昌幸です。その戦上手っぷりから、ともすればこの人物は過去のドラマの中では完全無欠な知恵者のような描かれ方をすることが多かったのですが(ゲームでも化け物並みの数値ですしね)、草刈正雄さん演じる真田昌幸は小戦闘こそ上手なものの、その時々の政治情勢に翻弄され、右往左往する政局観のない地方豪族として描かれています。大勢力に従わざるを得ないその地方豪族としての悲哀―――いわば英雄ではなく、戦国の世に生きた一人の等身大の男の姿を、草刈正雄さんは実に魅力的に演じています。そしてそのふたりの息子達。主演の堺雅人さんも素敵でしたし、その不器用で実直な兄を演じた大泉洋さんもとてもかっこよかったですね。(水曜どうでしょうの新作が楽しみです)

ぼくにとって大河ドラマは歴史が好きだった子ども時代は夢中になって見ていたものの、いつの頃からか次第に関心がなくなり、最近ではさっぱり見なくなってしまっていた番組でした。ですがこうして久しぶりに見てみるとやはり面白かったですね。一年という長い時間をかけて描かれる歴史物語というものの魅力に改めて気づかされたような気がします。

真田丸、本当に楽しませてもらった一年でした。

『ダウントンアビー』 

2016, 12. 25 (Sun) 00:30


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このところずっとはまっていたこのドラマ、とうとうシーズン4まで見終わりました。シリーズは全部でシーズン6まであるそうなのですが、今のところシーズン5とシーズン6は放送が終わってしまっていて見る手段がないので、(残念! 早く見たいなあ)来年の再放送を楽しみに待つとして、ひとまずここまでこの作品を見た感想を述べたいと思います。

この作品はイギリスのテレビ局(ITV)で制作されたカントリーハウスを舞台にそこで暮らす貴族と使用人たちの物語です。ストーリーは1912年から始まり、ジョージ5世の治世の下大英帝国が大きな時代の転機を迎える二十世紀初頭を舞台にグランサム家という名門貴族家の主従の運命の流転が描かれます。作中でも第一次世界大戦や議会での労働党の躍進が描かれたりと、現実の社会情勢が登場人物達の運命に大きな影響を及ぼす、ジャンルとしてはいわゆる歴史劇にあたります。

舞台となる屋敷や登場人物達が暮らす土地のモデルはオックスフォード州コッツウォルズにあるバンプトン。コッツウォルズと言えばあの『きんいろモザイク』のアリスちゃんの生まれ故郷という設定となった場所で、たしか制作前に取材ロケ地にもなった村です。なるほどそう言われてみると風光明媚というか思わず溜息が出るような豊かな田園風景が広がっており、その美しさはハイクオリティの画調とあいまって心底うっとりさせらます。というか、この作品を見てぼくは次の観光旅行先はコッツウォルズにしようと固く心に誓いました。実際この目で見てみたいなあ。

内容は・・・いささか身も蓋もない言い方をすると、ものすごくゴージャスでお金の掛かったメロドラマです。ぼくはこの手の作品はふだんほとんど見ることがないため、見続けているうちに少々キツイ点があったり、いささか冗長に感じられたりする部分がありましたが、それでもやはりその物語には引きつけられましたし、その美術や衣装を含め圧倒的なクオリティの前に本当に感動させられました。(仮に日本でこれと同じものを制作しようとしてもこれだけのルックの作品を作ることは不可能でしょうね)何より「スタンダードの力」というかオーソドックスな物語が持つパワーというものを改めて味わったような気がします。また元から好きだった英国史ですが、もっと深く勉強しようという想いにさせられましたね。

とにかくこのダウントンアビー、個性豊かな登場人物達が多数登場し、その彼らが時代の変遷と共にその境遇や立場を変えていくところに面白さがあるのですが、そのキャラクターを演じる役者さんたちの顔がみんな揃って素晴らしいです。特に年配の俳優さんや女優さんが素敵で、見ている間中、彼らの顔に釘付けになってしまいました。・・・というわけでいささか唐突ではありますが、ここでぼくの独断と偏見で『ダウントンアビー 登場キャラクター・ベスト3』を発表したいと思います!(役を演じておられる俳優さんではなく、あくまで作品内のキャラクターとしての順位です)

第一位 カーソンさん

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いつも厳めしい顔をしている執事のカーソンさんが第一位です。グランサム家に誰よりも長く仕え、絶対の忠誠を持つこの人が登場するだけでたちまち画面が引き締まりますが、実際、屋敷ダウントンアビーにおいてもこの人物は並み居る使用人達のトップでもあります。かなり厳格なお人で、ふだんはガミガミと口喧しくメイドや下僕を叱り飛ばしていますが、実は中身はけっこうお茶目な人で、人情家でもあります。しかしそんな自分を見せることは大嫌い。

近代化する社会の流れの中にあって、急速に自分が時代遅れになっていることを自覚しつつも、あくまで頑固に現当主であるグランサム伯に仕える忠義の人。そんな彼が発する「マイロード(我が主)」という声の響きには本当にうっとりさせられます。長年のコンビである家政婦長のヒューズさんとはもはや熟年夫婦の領域です。

第二位 ヴァイオレットおばあちゃん

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当主のグランサム伯爵ロバートの実母にして先代のグランサム伯爵未亡人であるこの人もぼくは大好きです。はじめはなんだかけったいなばあさんだと思っておりましたが、しだいにその経験に裏付けされた見識と知性と胆力、そして一家を見守るその優しさに気づかされるようになりました。どちらかと言えばやすやすとその時々の状況に振り回される一家の中にあって、その落ち着きはどっしりとした重みを持っています。もちろんどうしようもないくらい頑迷で保守的で鼻持ちならない部分もあるのですが、それもマシューの母親イザベルさん(この人もいいキャラクターです)との出会いで少しずつ変わってきたようです。

この人について特筆すべきはその衣装。お歳にもかかわらず、いや、そのお歳だからこその圧倒的な衣装の美しさには思わず溜息が漏れます。その名の通りときどき紫の衣装をお召しになっているのがまた素敵。シーズン4で病気になったときはこのまま死んでしまうのではないかと本気で心配しましたが、無事回復してほっとしました。その存在感が物語に確かな説得力を与えるこの人がいなくなってしまってはこの物語の魅力が半減してしまいますからね。これからも活躍して欲しいキャラクターです。

第三位 マシュー

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超イケメンの跡取り婿、マシューさん。息子のいないグランサム伯の待望の後継者として一家に加わる聡明な青年です。初めては貴族の生活になじめなかったり、侍従が身の回りの世話をするのを嫌がったりとぼんくらぶりを発揮し、いわばぼくら視聴者に近い存在として描かれる彼ですが、この人のこの良い意味で中庸というか普通で平凡な感じが、物語にあたたかなバランスをもたらします。たぶんすごく人気があるキャラクターではないでしょうか。

大戦では軍人として出征し、帰国してからも広大な領地の後継者として奔走する彼はなにやら便利使いされているようですが、そんな状況さえも誠実に受け止め、懸命に周囲に応えようとする彼の存在はこの作品内の一服の清涼剤のようです。好感を抱かずにはいられません。

おまけ番外 トーマスさん

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あの衝撃的な第一話以来、腹黒い第一下僕として見る者に鮮烈な印象を残したこのトーマス氏も忘れられないキャラクターです。その堂々とした下司っぷりはもはや芸と言っても過言ではありません。ぼくもなんかイヤな奴だなあと思って見ていたのですが、そのうちこの人の内面が描かれるにつれだんだん可哀想になってきて、一回りして逆に好きになってしまいました。じっさいこの人が出てくるだけで今では笑顔になってしまうくらいお気に入りのキャラクターです。オブライオンさんと二人悪巧みして外でタバコばっかり吸っているいっこうに働かないダメ男ですが、それを含めて立ち姿が絵になる男です。

男性しか愛せないという不幸な星を背負っているこの人、ダウントンアビーの中でも異色の人物として描かれていますが、ぶいぶい威勢良く威張っているときと、半泣き顔を浮かべてしょぼくれているときの落差がはげしく、どっちが本当の彼なんでしょうね。このところ少し大人しかったですが、近ごろは往年の毒気が戻ってきたようなので、これからもあくどい活躍(?)を期待したいと思います。

というわけで多士済々な人物たちが登場するこの『ダウントンアビー』。もし興味を持たれた方がいらっしゃいましたら是非ご覧になって見て下さい!

クリスマスイブ 

2016, 12. 24 (Sat) 00:30


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クリスマスイブです。

みなさんはいかがおすごしでしょうか。お若い方はさぞロマンチックなイブを過ごしていらっしゃると思いますが、ぼくはと言えばその手のロマンスからは程遠く、朝から雪かきに追われていました。なんでも札幌はこの時期としては50年ぶりとなる記録的な大雪だそうで、なんとも散文的なイブとなってしまいました。(正確には23日ですが)ニュースによると千歳空港では欠航により2500人の方が空港内で一夜を過ごされたそうです。せっかく観光に来られたのになんか申し訳ない気持ちになってしまいますが、雪ばっかりは地元民でもいつ降るか予想が付きませんしね。

イブと言えばクリスマスプレゼントです。子どもの頃はだれしも欲しいプレゼントや意中のプレゼントがあるものですが、ふと今思い返してみるとぼくにはその手の記憶があまりありません。もちろん子どもですからその時々に欲しかったものがあったはずなのですが、どうもクリスマスに大はしゃぎしたという思い出がないんですよね。それより思い出されるのはクラスの友達を集めてやったパーティとか、ゲーム大会とか、そっちの方です。なかのいい友達同士でクリスマスパーティの計画を立て、お金を出し合ってチキンやケーキやジュースを買い込み、家に集まりみんなで祝いました。小学五年生くらいでしょうか。

ガキンチョながら企画力があり、資金調達からはじまって、買い出し部隊、ケーキ調達係、部屋の飾り付け部隊などを編成し、気がつくとクラスの男子の大半が参加することになっており(女の子を仲間に入れるなんて欠片も考えていませんでした)、話を聞きつけた担任の先生に新しく転校してきた子も仲間に入れてやってくれ、と内密に言われ、あわててその子のぶんのケーキやジュースを買いに走ったり・・・。今思うとその子はまだ友達がいなかったんですね。懐かしい思い出です。

今のぼくにとってクリスマスやクリスマスパーティは、もう大勢の子どもたちと一緒に過ごすものとなって久しいですが、でもこの日の子どもたちの笑顔はやはりいつになっても変わりませんね。ふだんはおてんばな子も、この日ばかりはお母さんからフリルの付いたようなシックでかわいい服を着せられてプレゼントやケーキを心待ちにしています。きっとこういう光景はこの先もずっと続いていくんでしょうね。

窓の外は雪が以前ちらついており天候の方はいささか厳しいですが、それでも心の方は豊かに(?)イブを過ごしたいと思います! みなさんもどうか素敵なイブを。

年越し蕎麦 

2016, 12. 23 (Fri) 00:30


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先日、ネットで注文しておいた年越し蕎麦が届きました。

いよいよイブが迫ってきているというのにクリスマスケーキはまだ予約注文もしていなく、それどころか「やっぱり今年はケーキは食べなくてもいいかな」ぐらいに思っているのに、こと蕎麦に関しては一ヶ月半も前からネット予約をするこの気合いの入れっぷりよう。我ながらその温度差に呆れてしまいますが、やはり大晦日と言えば年越し蕎麦を食べずして年を越すことはできません。(断言)蕎麦好きとしてはここは気合いの入るところです。

ぼくが年越し用に注文したのは徳島県の『オカベ』というお店のお蕎麦です。以前、知人から戴いたここのお蕎麦がとてもおいしく、以来大好きになりました。冷たいザルにして食べても、温麺にして食べてもおいしいのでその時の気分で食べ分けられます。冷たくする場合はお蕎麦をゆでてミョウガと長ネギを刻んでわさびを添えれば簡単に美味しいざるそばが食べられるので楽ですね。ぼくは蕎麦となると俄然食が進むので、家族に「別人みたい」とよく言われます。お蕎麦だとなぜか入るんだよなあ。

年越し蕎麦と言えば上に載せる天麩羅です。
毎年、我が家の年の瀬は母方の実家に里帰りして過ごす習慣なものですから、ぼくも田舎のばあちゃんの家で除夜の鐘を聞くことが多かったのですが、その地元のスーパーが毎年31日になるとこの日だけ海老の天麩羅を値上げし、ひとつ千円で売るというとんでもない店でした。でも買わないわけにはいかないし・・・と毎年理不尽な思いに駆られていたのを思い出します。でもみんなで居間に集まってテレビの紅白を見て、除夜の鐘を聞きながら天麩羅蕎麦をすするのってなんか良いですよね。子どもの頃はこの時ばかりは夜更かししても何も言われなく、でもそのうち睡魔に負けていつの間にか眠ってしまっていて。懐かしい思い出です。

今はもうなくなってしまった実家ですが、今年もこれまで通り、大晦日に美味しい年越し蕎麦をお腹いっぱい食べて新年を迎えたいと思います。(もちろん海老の天麩羅も載っけて!)

指を切った 

2016, 12. 22 (Thu) 00:30


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カミソリで指を切ってしまいました。

朝、いつものように洗面所で髭を剃っていたら手をすべらせて気がついたら指先をざっくり・・・。ふつうこの手の小さな傷は傷口が深くないためか、ちょっと遅れてから気づくことが多いですが、この時はよほど深く切ったのか、傷つけた瞬間に「やった」とわかりました。みるみる血が滴り、掌から手首、手首から肘を伝って流れる赤いものを眺めつつ我が事ながら困惑してしまいました。こんなにたくさんの自分の血を見たのは小学生の頃、ガンプラを作っていた時にカッターで手を切って以来です。いやー、人間の体内ってやっぱり赤い血が流れているんですね。としみじみ。

実際にこの手の怪我をしたとき、人間の意識って、案外痛みにはいかないものですね。左手を紅に染めつつこのときぼくがまず頭に思い浮かべたのは「服を汚したくない」と「タオルを汚したくない」ということでした。それはそうですよね。いくら映画が好きだからといって、映画の中の登場人物みたいにあたりの布地を歯で引き裂いたりして応急処置をしたりはしません。一般人らしく、みるみる血の滴っていく洗面台を受け皿(?)にしてなんとかティッシュボックスに手を伸ばし、つつましく傷口を押さえます。

とりあえず傷口を心臓よりも高い位置にしようと手を上げつつ、血が止まらないまま絆創膏を傷口に当てますが、絆創膏がただの血の通り道にかなっていません。やむなく上から四枚くらい貼ったところでようやく血が止まる気配を見せます。患部に触ると激痛が走るのでしばらくはこうして様子を見ることに。とほほ。当分右手だけの生活のようです。

それにしても今年は妙にこの手の怪我が多かったのは気のせいでしょうか。秋口には足の甲に手酷い打撲を負ったし・・・ぼくらしくもなく、妙に病院や薬のお世話になることの多かった一年でした。と言ってもふだんはそんなに生傷が絶えないようなアクティブな暮らしをしているわけではないんだけどなあ。ううむ。

まあ、見かけほど酷い怪我ではなかったのは幸いでしたし、多少の不自由さをのぞけば日常生活にもさほど困らないので、今後はふだんから気をつけて生活するようにします! そして来年はもうこの手の怪我がないような一年にしたいですね。(あとあまり風邪も引かないようにしたい)

・・・というわけで一足早く、来年度の抱負を心に決めた清野でした。

柴崎選手 

2016, 12. 21 (Wed) 00:30


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鹿島、惜しかったですね。

ぼくも先日行われたクラブワールドカップの決勝を見ました。(真田丸の最終回と被ってしまいましたが)結果は延長戦の末、2-4で敗れましたが、でもすごくいい勝負だったと思います。一時はリードしましたし。

それにしても柴崎選手はすごかったですね! 中盤の選手ながら2ゴールの活躍で一気にその名を世界に知らしめました。特に2点目なんて滅茶苦茶難易度の高いゴールでしたし、近いうちに海外移籍も実現するかもしれません。行き先は何処でしょうか。リーガは人気のあるリーグですけれど、環境や生活のことを考えると、やはりドイツのブンデスリーガが最初のステップとしてはいいような気もします。でも中盤の底をやるには若干サイズが足りないと見なされるかもしれず、攻撃的なポジションを任されることになるかもしれません。でも、そこでも十分活躍できるだけのクオリティーが柴崎選手にはあると思います。両脚使えますし、視野も広いですしね。なによりそのガッツが素晴らしいです。

それよりも心配なのはその性格です。人となりのことは詳しくは知りませんが、言動の端々から見てもお世辞にも社交的とか人付き合いが良さそうな感じの選手には見えません。ハンサムな選手ですけど、「不言実行」を地で行く、いかにも男らしい選手のようです。鹿島の先輩である小笠原選手がかつてセリエAのメッシーナに行きましたが、明らかにチームで一番技術があるにもかかわらず、その寡黙な性格から(?)か、全く試合に使ってもらえず移籍がうまくいかなかった事例もあります。当時ぼくも小笠原選手を応援していましたが、同時に「駄目かもしれない」とも漠然と思っていました。もちろん、サッカー選手としての実力不足からではなく(能力ならダントツでした)、社交性や語学力を含めたコミュニケーション能力の不足から。

長いことサッカーファンをやっていると、海外に移籍する日本人選手を多く見ます。三浦カズ選手のジェノア移籍以来、ぼくもそうした選手達を応援して見てきましたが、むこうで活躍できる選手はやはりちょっと変というか、性格的に変わった人が多い気がします。たぶん日本人選手にはピッチの中だけでなく、その外側でチームに溶け込んだり選手と親しくなったりという、クリアしなければならない問題がたくさんあるのでしょうね。

柴崎選手がそれができるかどうかはまだわかりませんが、でもやっぱり凄いクラッキだと思いますし、そのストイックさは好感が持てる選手ですから、(もし海外に行くとしたら)本当にがんばってほしいですし、応援したいと思います!

ただそれを視聴できる環境がいまいちしっかりしていないところがなんとも・・・。今年からサッカー中継はその大半がスカパーからDAZN(ダ・ゾーン)に移行しましたが、やはり当初の危惧通り、ダ・ゾーンにはスカパーほどのきめ細やかな中継は望めなさそうです。視聴料金が安いのは嬉しいですけど、でも肝心の中継がしょぼくては本末転倒なんだけどなあ。

というわけで今回は鹿島アントラーズ、柴崎選手のお話でした。

ドイツミュンヘン市inさっぽろ 

2016, 12. 20 (Tue) 00:30


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札幌大通り公園で行われているドイツ・ミュンヘン市に行ってきました。

これはドイツのミュンヘン市と姉妹都市提携を結んでいる札幌市が大通り公園で毎年開催しているイベントで、クリスマスの雑貨やホットワイン、ドイツ料理などが楽しめます。同時に公園内のホワイトイルミネーションも見られるとあって、この時期大勢の人たちで賑わいます。

たまたま近くまで出かける用事があり、ぼくも行ってきました。日が暮れると辺りの景色は一変し、雑多な街の景観に変わって幻想的な眺めが姿を現します。夜空の下で瞬く色とりどりのイルミネーションは本当に綺麗でしたが、ただ、やはりカップルの方が多かったですね。道を歩いているだけでも左右からラブラブな雰囲気が伝わってきました(笑)。

ならばぼくは色気よりも食い気だとばかり、ドイツ料理の食べられるコーナーへ行き、熱々のビーフシチューとマスタードつきの本場のソーセージを食べてきました。せっかくですからワインもちょっと飲んでみたかったのですが、酔っ払っては困るので、代わりに蜂蜜の入ったドイツ製の「ハニービール」なるものを注文してみました。生まれて初めて飲んだのですが、ほんのりと甘く、美味しかったです。(身体もあったまりました)それにしても寒い野外で食べる温かい食事ってどうしてあんなに美味しく感じられるのでしょうね。

視線を上げるとテレビ塔も綺麗に電飾が施されており、綺麗な二等辺三角形が夜空に浮かび上がっていました。見慣れた大通り公園もこうして気分を変えて眺めると全然違って見えるのだな・・・と改めて感じた一日でした。

とても楽しかったですし、なによりソーセージがおいしかったので機会があればもう一度くらい行きたいなあ。

雪だるま 

2016, 12. 19 (Mon) 00:30


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この冬、最初の雪だるまを作りました。

このところ降った雪がいい感じに積もり、根雪となったので子どもたちと外へ行き、雪の中で遊びました。これだけ積もると雪だるまでもかまくらでもそり滑りでもやり放題です。待ちかねていたのでしょう。子どもたちはスキーウェアの上下を着、帽子に手袋という完全装備で雪の中に小躍りしながら飛び込んでいきます。(それでも二時間も遊べば濡れてしまうのですが)ぼくも率先して雪だるま作りに精を出しましたが、いやー疲れました。今はまだ大丈夫ですが・・・うう。明日は筋肉痛で苦労しそうです。

「雪」と一言で言っても、雪にはいろいろな種類があります。粉雪、べた雪、綿雪、粒雪・・・降ったときの気温や天候によって雪の質感は様々に変化し、それに応じて呼び名も変わります。(スキーをされる方はゲレンデの状態などでよくご存じだと思います)さらさらな粉雪をいくら集めても固まりにくいですし、逆に水分を含んだべた雪は重く、一握りしただけで雪玉になってしまうほど固く強固になります。この雪で本気になって雪合戦をするとけっこー痛いです。

今日の雪は今朝の気温の暖かさを受けてほんのりと湿っており、軽いべた雪状態でした。雪だるま作りにはまさにかっこうのコンディションです。子どもたちはひとしきりそり遊びを楽しむと、めいめい雪原の上に散らばり雪だるま作りを始めました。雪だるま作りは簡単で、最初に芯となる硬めの雪玉を一つ作り、あとはそれを雪の上でころころ転がしていけばあっという間に大きくなります。特にべた雪の時は簡単にあたりの雪を抱えて膨らみ、10メートルも転がせば、もう大の大人が両手で押しても動かせないくらいに身上を肥やし、どっしりとその場に根を生やします。これが雪だるまの胴体部分となります。

次にまた同じ作業を繰り返し、今度はもう少し小ぶりな雪の塊をこさえます。これが頭部となりますので、あとはこの部分をよいしょと抱えて先刻の胴体の上に載せれば雪だるまの完成です! 簡単でしょ?

落ちていた枯れ枝を手に、松ぼっくりを目に、落ち葉を眉に見立てて顔形を整えてやり、それっぽく仕上げると堂々たる雪だるまができあがりました。子どもたちも満足そうです。が、その横でぼくは完全にグロッキー・・・。このところずっと一日中椅子に座って机にむかう生活が続いていたものですから、すっかり足腰がなまってしまっていたことをつくづく実感しました。

最後はみんなで作った雪だるまの前で写真を一枚撮ってお開きにしましたが、や、すごく楽しかったです。(死ぬほど疲れたけど)でも、この時期になるとどうしても身体を動かす機会は少なくなりますし、こうして野外で目一杯運動するのも大切ですよね! ぼくももっと外に出ようと改めて思いました。

というわけで、明日確実に訪れるであろう筋肉痛に怯えつつも身体を使って遊ぶ楽しさを久しぶりに再確認した冬の一日でした。

レアル対鹿島アントラーズ 

2016, 12. 18 (Sun) 00:30


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鹿島アントラーズがレアル・マドリードと戦います。しかも世界一の座を賭けて。

それにしても凄いですね。最近の鹿島アントラーズの勢いは。数日前に当ブログでクラブワールドカップのお話をしたとき「鹿島に勝って欲しい」と書きましたが、まさか本当に決勝まで駒を進めるとは思っていませんでした。しかも今度の相手はあのレアル・マドリードです。世界中が注視する中、こつこつと白星を積み重ね、ついに華々しい舞台に自力で辿り着きました。

それにしてもこの鹿島の強さは何なのでしょうね。ぼくも一応Jリーグの開幕から日本のサッカーを見ていますが、やはり鹿島には勝負強いというイメージを持っています。これまで獲得してきたタイトルの数がそれを証明していますが、でも思えばJリーグ黎明期の頃から鹿島って強かったような・・・。少なくとも他のチームにありがちな、動揺だとか、焦りとか、ミスで自滅とか、その手のネガティヴな躓きや精神的な弱さで崩れた瞬間を殆ど目にしたことのない、大人の集団というイメージがあります。時とともに世代も移り変わり、チームの中核だって何度も入れ替わっているはずなのに、そうした伝統や土壇場での勝負強さが変わっていないのはやはりすごいと思います。

今シーズンは名古屋グランパスも降格してしまいましたし、伝統のあるチームといえども決して安穏としていられないのがJリーグの特徴です。これほどどのチームも上位に食い込んだり、優勝できたりするチャンスのあるリーグは世界を見渡してもそうはないと思いますが、であればこそ、鹿島のこの安定した強さは際立ちますね。

決勝はいよいよ数日後。柴崎選手や小笠原選手、金崎選手が、クリロナやベンゼマやモドリッチと真剣勝負で闘うと思うと今からわくわくします。(監督はあのジダン)この一戦は世界配信され、きっと視聴数もとんでもないことになると思うので、一世一代の大舞台で鹿島の選手にはがんばってほしいです。もちろんぼくもテレビの前で応援します!(ドクペを飲みながら)

やっと髪を切った 

2016, 12. 17 (Sat) 00:30


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やっと髪を切りました。

今回も長かったですね。伸びた髪の量もですけど、行きたくても行けなかった期間がずいぶん長くあいてしまいました。おかげで髪はロックミュージシャン一歩手前くらいまで伸び、机にむかうたび目元に落ちかかる前髪が鬱陶しいことこの上ありませんでした。が、これで綺麗さっぱり、年の瀬とお正月を前に何とか身だしなみを整えることができたようです。(というか、毎度の事ながらこうなる前に行っておけよという話なのですが)

ぼくは髪に関しては「ほどほど」が好きで、学生時代の頃から無難というか、面白味に欠ける髪型をしていました。長い髪に憧れるようなこともなく、その意味では本当に普通の奴でしたね。こうなったのは、ひとつには校則が比較的緩かったというせいもあるかもしれません。もしがちがちに規則やルールで縛り付けるような学校で思春期を送っていたら、案外反骨精神からもの凄い長髪とかにしていたかもしれません。(似合ったかどうかはともかくとして)

そういや今度の小説で髪の毛を茶髪に染めたちょっと不良っぽい女の子を新たに登場させましたが(ぼくとしては新機軸のキャラクター)、書いていてすごく楽しかったですね。フィクションの世界だけでなく、実際の現実世界でも髪型や髪の色によって己をキャラ付けしていくという方法論はふつうにあると思いますし、有効だとも思います。

でもこの歳になればどんな髪型にしようが誰からも何も言われませんからね。どんな髪型だろうと思いのままです。ただ、その自由さがかえって人を保守的にさせるというか、無意識的な要請として常識人・社会人として振る舞わせるという傾向はあるかもしれません。ぼくも30過ぎてからは背広を着たときにあまり堅気に見えないような髪型は避けるというか、道に迷ったおばあちゃんに駅までの道順を聞いてもらえる程度には身だしなみは整えておこうと心がけるようになりましたし。

ちなみにこれは余談ですが、ぼくが作家さんの髪型で記憶に残っているのが、学生時代に著者近影の写真で見た翻訳家・作家の澁澤龍彦さんです。たしかベレー帽を被っておられたと思うのですが、その被写体としての何とも言えぬ格好良さは今もよく憶えていますね。(細身の方でしたしね)高校生の頃、学校でずいぶん熱心に読んだ記憶があるのですが、あの本はどこにあるのでしょう。まだ自宅の書棚のどこかにあると思うのですが。なつかしいなあ。

・・・と、少し昔を思い出したところで今回は久しぶりに髪を切りに行ったお話でした!

ドクペ 

2016, 12. 16 (Fri) 00:30


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先日、久しぶりにコストコに行ってきました。

お目当てのアイスワインは入荷がまだだったので買えませんでしたが、広い店内をぶらついていると、ふと積まれた商品の中になにやら見覚えのあるエンジ色のアルミ缶が・・・。

「こ、これはっ」と、思わず立ち止まってよく見ると、間違いありません。オカリンこと狂気のマッドサイエンティスト、岡部倫太郎のこよなく愛する『Dr Pepper』―――通称ドクペが二ダース半セットで売っているではありませんか。なんてこったい。

『Steins;Gate』はぼくも大好きな作品なので、作中で彼が飲むこの「選ばれし者の知的飲料」については常々一度飲んでみたいものだと思っていました。でもこちらではなかなか売っているのを見かけたことがなかったので(Amazonなどでは売っていましたが)、そのままになっていました。これはいい機会だと一念発起し30本を一気にまとめ買い。早速わくわくしながら飲んでみました。

・・・?

こ、これは・・・なんとも不思議な味です。説明が困難というか、よく味を例える際に用いる○○みたい、という比喩が使えない味というか。でものどごしはいいので、決して飲みにくくはありません。その玄妙な味を訝しみつつ、なんとか言語化を試みようとぐいぐいと飲み進めるうち、気がつくと一本缶を開けているという不思議な事態となりました。ううむ。ひょっとしてこれも組織の陰謀?

聞けば『Dr Pepper』はアメリカでは1885年から製造されており、アメリカ国内ではたいへん歴史のあるメジャーな炭酸飲料とのことですが、その独特の風味から海外展開はあまり進んでいないようです。日本でもたびたび販売されていますが、本格的に全国のコンビニエンスストアで販売されるというところまでは至っていないのか、あまり見かけませんね。元はドラッグストアで働いていた薬剤師さんが味の調合をしたとのことですから、やはりアメリカの味、といったところでしょうか。

でもぼくはこのドクペがすごく好きになりましたし、気に入りました。今後しばらくはドクペがぼくの書斎のお供になると思います。おいしい食べ物を見つけたときは誰しもうれしいものですが、やはりぼくはどちらかというとおいしい飲み物を見つけたときの方がテンションが上がるようです。

・・・というわけで、今日も『ダウントン・アビー』を観つつ(シーズン3まで行った)ドクペを傾ける清野でした! エル・プサイ・コングルゥ。

眼鏡ふたたび 

2016, 12. 15 (Thu) 00:30


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眼鏡がようやく顔に馴染んできた感じがします。

今年新調した眼鏡ですが、今では違和感なくかけていられるようになりました。あくまで自分の中では、という意味ですが。たぶん鏡の中の自分の顔に慣れたのでしょうね。近ごろは眼鏡を変えたことすら忘れていることが多いです。まわりの人もぼくがかつてどんな眼鏡を掛けていたか憶えていないでしょう。そんなものだと思います。

ただ、子どもたちは最初は明らかにぎょっとしていましたね。新しい眼鏡をかけたぼくを見て「だれだこいつ」みたいな顔をしていましたから。ちょっと前まで暇さえあればぼくにしがみついてきたような子も、眼鏡を変えた途端、半径二メートル以内にぱったり近づかなくなったり(笑)。こうして見ると、子どもって大人以上に変化に敏感というか、見かけから受ける第一印象に左右されるのだな、と思いました。まあ、中身がぼくだとわかってからはすぐに元に戻りましたが。

でも、外見が与える印象ってたしかに大きいですよね。もうかなり前になりますが、それに気づいた頃、自分の服装によって変化する周囲の態度が面白く、頻繁にスーツを着ていた時期がありました。ある種のコスプレみたいなものですが、鏡の前でネクタイを締めるたびに自分が冷戦期のスパイみたいに思えたものです。

現在の眼鏡はこれまでのぼくの個人史の中でもかけたことのないような眼鏡なので、その意味ではまた面白いですね。それまでのぼくはどちらかというと丸や楕円のフレームの地味な眼鏡が好きで愛用していたものですから。ぼくにとって眼鏡とは100%実用品以外の何物でもなく、眼鏡を掛け替えてお洒落を楽しむ方の気持ちがさっぱりわかりませんでしたが、最近はそういう気分がちょっとだけわかってきたような気がします。積極的に実践しようとは思えませんけれど。

ちなみに今の眼鏡、最初の頃はかけていて耳が痛くて痛くて、掛けたり外したりを繰り返していました。なんど調整してもうまくいかず、ある日たまりかねてたまたま目に留まった眼鏡屋さんに入って事情を説明し、直していただいたらその瞬間に痛みがぴたりと治まり、一日中掛けていてもなんともなくなりました。調節していただいたのは品の良さそうな白髪のおじいさんだったのですが、腕の良い眼鏡屋さんというか、「技術」というのはあるのだなあとつくづく身にしみて感じましたね。

せっかく作った眼鏡ですし、大切にしたいと思いますが、それと同じくらい目の方も大事にしていきたいですね! これ以上視力が悪くならないように。

加湿器と家電 

2016, 12. 14 (Wed) 00:30


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ここ数年、冬になると加湿器を部屋に置くようにしています。

冬は暖房を使う機会が多く、空気は乾燥しやすいのでそれを防ぐためですが、実際使い出してから体調は良いようです。心なしか喉がいがらっぽくなることがなくなったような気がしますし、夜もよく休めます。肌につやや潤いが出たかどうかまではわかりませんが(笑)。

ちなみにぼくが使っているのは机に載るほどの小さなタイプの加湿器です。音もしないし、扱いやすくて便利なので気に入っているのですが、ただタンクの容量が少ないので頻繁にお水の補充が必要となります。手間と言えば手間なのですが、以前、自室兼書庫で業務用並に大きい加湿器を使っていて、逆さにしたタンクから水が漏れ出し、床一面に広がってそばに置いてあった本がすべて濡れて駄目になってしまったという苦い経験があり用心のために小さい物を利用しているのです。(今は性能も上がってそういうこともないのでしょうが)

空気清浄機も以前は各部屋に取り付け、新機種が出るごとに取り替えていたような時期もありましたが、最近はあまり使わなくなってしまいましたね。基本的にこの手の家電が好きな人間なので、何か新製品が出たり店頭で見たりすると興味を持つのですが、年齢的な変化なのか、このところようやく実用的な買い物ができるようになってきた・・・ような気がします。(と思いたい)最近は機能だけでなくデザインにも優れたものがあったりするので、購入するときの選択肢は多岐にわたり悩ましいところです。

でも家電を見るのって楽しいですよね。ぼくも男性のご多分に漏れず、ヨドバシカメラやビックカメラなどの家電屋さんを巡り歩くのは大好きなので(最近行けてないけど)、ああいうところにいるとつい時間がたつのを忘れてしまいます。久しぶりに行きたいなあ。

ちなみに今ぼくが狙っているのはアロマ機能付きの加湿器。これを使うとミストといっしょに良い香りが室内に立ちこめるそうで、なんだかちょっと面白そうです。癒やし効果があるのでしょうか。なんかぼくが使うと余計にまったりだらだらしてしまいそうですが、機会があればちょっと試してみたいですね! (あといい加減ファミコンクラシックミニも手に入れたい)

スマホとカメラ 

2016, 12. 13 (Tue) 00:30

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今日の朝、道を歩いていたら、前方を歩いていた小さいお子さん連れのお母さんがふと立ち止まり、持っていたスマホを宙にかざして熱心に写真を撮り始めました。

なんだろう、と思いぼくも振り返って見ると七竈の赤い実に昨日降った白い雪がこんもりと乗って、まるでおいしいデザートか、アイスクリームのコーンを逆さにしたみたいになっています。きっと、そのすごくかわいらしい眺めを見て思わず写真に収めたくなったのでしょう。お子さんの手を引きながらも日常の細部にまできちんと目を留めているそのお母さんの若々しい気持ちと所作にほっこりし、そのお母さんが去ったあと、ぼくも同じ場所で写真を撮ってしまいました。いつか書いたように七竈の赤い実は寒さに強く、この冷気の中でも逞しく鮮度と瑞々しさを保っており、だからこそその上に雪も積もるのでしょう。

でもカメラっていいですよね。こんな風に日常のちょっとした瞬間でもすぐに切り取って一枚の画像として残すことができます。特に最近はプリンターとスマホをWi-Fiで連動させて撮った画像をすぐにプリントアウトさせたりできる機能がついていたりと、どんどん高性能になっていっていますから使いこなすのが大変です。ぼくも一応プリンターは持っていますが、もっぱら原稿の印刷用にしか機能を使っていないのでもったいないですよね。でもぼくの写真の腕前は相変わらずですし、上のお母さんのようにかっこよく被写体を見つけてカメラを構える、というわけにはなかなかいかないようです。

最近、我が家のコピー機をスキャン機能つきの最新のモデルに新調したので、ずいぶん仕事が楽になりました。(これでpdfファイルで原稿やゲラが送れる)というか、もっと早く導入していれば、この夏あんな大変な目には・・・と思いつつも、技術の進歩には驚かされるばかりです。うーむ。ちょっと前まで出版社さんとは速達郵送で手書きの修正原稿をやりとりしていたものですが。

家に使っていないカメラもあることですし、ぼくも不得手だと言っていないで、もう少し積極的にカメラを野外に向けてみようかな。そうしたら何か新しい世界が見えてくるかも・・・。というわけで、手始めに散歩するときはカメラをポケットに入れて出歩くようにしてみます!

クリスマスケーキ 

2016, 12. 12 (Mon) 00:30


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だんだんクリスマスが近づいてきていますが、ぼくも今年はクリスマスケーキを買おうと思っています。

「今年は」というのはここ数年は買っていないから。どうもぼくはケーキは好きなのに苦手で、一度にたくさん食べられないのです。見ると「美味しそうだな」と思いますし、実際一口目はすごく美味しいのですが、せいぜい味わって食べきれるのは一切れまでで、それ以降はフォークが止まってしまいます。だからホール型を買っても、食べきれなくてもったいないんですよね。なので自分の胃の限界を知ってからはなるべくケーキは買わないようにしていたのですが、でもこうしてクリスマスシーズンが近づき、周りが華やいだ空気になる中、流れるCMや実際に店頭で売っていたりするのを見るとちょっと気持ちが揺らいでしまいますね。試しに小さいのを買ってみようかな、みたいな。

我が家では仕事柄、長年この時期になるとケーキ屋さんに二、三十個ケーキを注文して小さなお子さんにお配りするということをやっていたので、ケーキにまつわる思い出はたくさんあります。これだけ注文するとたいていは二、三個余るので(24日のイブ当日)、そのあまったぶんが我が家のケーキということになります。(ぼくは「片付け」担当)子どもの頃はそのケーキを食べられるのがうれしかったものですが、長ずるにつれて贅沢にも「ケーキはもういいよ」みたいな気分になっていきました。ぼくのケーキに対するある種の淡泊さはこの少年時代の記憶に基づいているのかもしれません。いや、恵まれた環境にいたとは思っているのですが。

でも、子どもたちがケーキをもらったときの喜び方は格別ですね。本当にぱっと笑顔になります。思うのですが、親御さんはお子さんが小さい頃にあまりばんばんケーキを買い与えるのはよくありませんね。やはり年に数回、お誕生日やクリスマス、ひな祭りなど特別な行事のときだけ食べるようにしないと、お子さんが大人になったときに存分にケーキのおいしさを楽しめないということになってしまいます。(少なくともホール型の場合は)

もっとも、最近はちょっとしたコンビニでもケーキが売っていますからね。しかもけっこう美味しかったりしますし、以前と比べると本当に簡単に甘い物が手に入るようになりましたから、上で言ったようなことは難しいのかもしれません。うーん。でもやっぱりケーキってたまに食べた方が美味しいと思うんだけどなあ。

今年はぼくも久しぶりにケーキを買い、子ども時代に戻った気分で食べたいと思います!(アイスワイン付きで)

大雪 

2016, 12. 11 (Sun) 00:30


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大雪です。

なんでも北海道地方の積雪は65センチだそうで、今日は一日中しんしんと雪が降っていましたね。おかげで辺りの景色はまるですっぽりと布団をかぶせたみたいにまっしろになりました。傍から見ているとこんもりとしていて柔らかそうな光景ですが、雪かきは大変。たぶん除雪車は今頃フル稼働でしょうね。うちのイルミネーションのサンタもハシゴに足を掛けたまま、頭に雪を被っています。(ちょっと寒そう)

そんな中、ぼくは今日は『ダウントン・アビー』を観ながらひたすら家にあるCDのリッピング作業をしていました。最近、『dBpowerlamp』というソフトをインストールしたためで、今度からこれで曲の管理をしようかなと思っています。今まではfoobar2000というソフトを使っていたのですが、使ってみた感じこれだと確かにCDのカバージャケットと内容のタグ付けが便利ですね。ただ、一から音源ファイルを作り直さなければなりませんので若干手間はかかりますが。うう。もう三日目なのになかなか終わらないよー。

でも冬にお部屋をあったかくして音楽を聴くのっていいですよね。ぼくはジャズが好きでよく聴いていますが、こうして好きな曲を流しながらまったりと過ごす時間ってとても贅沢だなと思います。本を読んでもよし、映画を観てもよしの自由な時間です。(まあ、この大雪のせいで半ば物理的に家に閉じ込められているとも言えるわけですが)なに、生粋のインドア派はこの程度の雪で生き方を変えるほどやわではありません! ・・・って全然自慢できるようなことでもないですけど。

もっとも天気予報によればこの雪はしばらく続きそうなので、明日からは外に出て再び外気に触れる生活に戻りたいと思います。手始めに、我が家の前の雪かきから!

お菓子 

2016, 12. 10 (Sat) 00:30


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お菓子はすごく好きです。

いえ、かつては好きでしたと言うべきでしょうか。というのは最近あまり食べていないから。それでも甘い物を口にするとほっとしますね。リラックスするというか。

ぼくはお酒がまったく飲めないぶん、甘い物は比較的好きで、二十代の頃はよくお菓子を食べていました。それこそ普段ご飯を食べないぶんの栄養をお菓子で補っているのではないかと思えるほどで、甘いお菓子と飲み物がぼくの二大栄養補給源でしたね。甘い物と言っても伝統的な和菓子のようなものはどちらかというと苦手で、コンビニで売っているチョコレート類が好きでよく買っていました。今でもコンビニにはよく行きますね。

海外に行ったりすると、空港で買ったお菓子が早くも機内で尽きてしまい(笑)、現地の売店などでチョコレートやスナックを買ったりしますが、どうも日本人と外国の方の味覚は違うのか、キットカットやm&msなどのおなじみのお菓子でも日本で食べるものとはちょっと違う味がしますね。甘すぎるというか。やはりコンビニのお菓子のクオリティでは日本が圧倒的に上だと思います。

ちなみにぼくが好きなのは「たけのこの里」。もちろん「きのこの山」だって好きですよー。あと明治のミルクチョコレート。書いていて頭がふらふらしてくると血糖値を補う意味で口に入れたりしますが、ぼくの場合、どちらかと言うとだらだらリラックスしているときの方が甘い物が欲しくなるたちなのであまり意味はないかも。うーむ。でも、ソファーで好きな映画を観ながら甘いものを食べるのって最高ですよね。至福のひとときです。

その意味では、最近身体がすごく甘い物を欲している感じがするので体調が戻ってきている証拠かもしれません。今観ているのは(今さらで恐縮ですが)『ダウントン・アビー』。例のAmazonプライムで見始め、めちゃくちゃはまってます。英国貴族と執事とメイドがてんこもりの壮麗なこのドラマ、今度は優雅(?)にお菓子のお供にミルクティーを片手に観てみようかな。

クラブワールドカップ 

2016, 12. 09 (Fri) 00:30


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今日からサッカー・クラブワールドカップが始まります。各大陸ごとのクラブ王者が戦い、世界一のクラブを決めるこの大会ですが、去年に引き続き今年も日本で行われることになりました。ちなみに前回の覇者はバルセロナ。2012年の王者コリンチャンス以外、ずっと欧州王者が世界一になることが続いています。

古参のサッカーファン、とくに欧州サッカー好きにはあまり評判の良くないこの大会ですが、さすがにこれだけ続くと多少根付いてきた感はありますね。サッカーファンにとっては、やはりこの大会の前身であるトヨタカップの方がなじみ深いのでしょう。欧州王者対南米王者の世界一の座を賭けた一発勝負、というレギュレーションもわかりやすかったですしね。ぼくも選手の疲労のことを考えると、今のシステムはどうだろうと思わないでもないですが、反面、有名な強豪クラブの試合を間近で多く見られるというのは日本にとっていいことなのかも、とも思っています。(メッシとかクリロナとか、やっぱり生で見たいですもんね)もっとも、次の開催国はアラブ首長国連邦に決定してしまっているのですが・・・。

トヨタカップと言えばミランの黄金期やプラティニの有名な寝転がりなどがエピソードとして有名ですが、クラブワールドカップでぼくが思い出すのは数年前に行われたマンチェスターユナイテッド対ガンバ大阪のノーガードの殴り合いです。あの試合は面白かったですね。当時まだレアルではなくユナイテッドにいたクリスティアーノ・ロナウドが高い身体能力を存分に見せつけていたのを思い出します。いやー、面白い試合だったなあ。ああいう試合を見ると、欧州のサッカーのレベルの高さを感じると共に日本のサッカーの着実なレベルアップを実感しますね。日本いいじゃん、みたいな。

今年はJリーグ王者、鹿島アントラーズが日本のクラブを代表して出場します。現在試合が行われているところですが、なんとか勝ち進んで強豪クラブと対決して(そしてできれば勝って)ほしいですね! 久しぶりのサッカーの試合、ぼくもがんばって応援します!

冬の舗道 

2016, 12. 08 (Thu) 00:30


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こちらに雪が降るようになってしばらくたちますが、この時期気温はまだ安定しないのか、いまだ上下動を繰り返しています。(氷点下でも安定にはちがいないですものね)そのため路面がつるつるになる事態が発生することに。これは一度積もった雪が気温が上がったことで一旦雪が溶けて水に変わり、そしてまた気温が氷点下以下になったことで水が氷に変わったためです。そのせいでうかつに道を歩いていると、すてんと転んでしまいます。

これは別にそそっかしい人ばかりというわけでもなく、ふつうのサラリーマンから女性(しかもハイヒール!)、学生、はたまたすごく偉そうなおじさんに至るまで、舗道でうっかり足を滑らせると、思いっきりお尻を地面に打ち付けることになります。その際、コートのお尻の部分に白い雪の痕がつくため、「ははあん。さてはこの人出勤中に転んだな」ということがわかるわけです。かくいうぼくも、どんなに気をつけても一冬のうちに一回は必ず転びますね。人前で転ぶとけっこう恥ずかしいんですよね。あれ。でも、痛くてすぐには起き上がれなかったり・・・。

もっとも若いうちは笑い話で済みますが、お年寄りは転んだ拍子に怪我をしたり、間違えば骨折してしまったりしてしまうので大変です。そのため北国(?)では路面に滑り止めの砂を撒いたりします。こうすると靴底が砂を噛んでくれてすべらなくなるわけです。便利ですね。

こうした防滑材がいつ頃使われるようになったのかはわかりません。ぼくが子どもの頃は少なくとも舗道には用いられていなかったような。今、ちょっと調べてみたら、鉄道車両の歴史において、冬季に空転する車輪とレールの間に砂を撒くことによって牽引力や車輪の摩擦力を増加させるという方法があったみたいですね。先人達の知恵ってすごいなあ。

こどもたちはまったく逞しく、登校の時によく勢いよく舗道を走り、そのスピードの余勢を駆って氷の上を長靴の底でついーと滑っていく姿を見かけたりしますが、大人はそうもいきませんからね。(でも見てると結構楽しそうですが)ぼくも長友選手みたいに少し体幹やインナーマッスルを鍛えて、転びそうになったとき、ぐっと踏ん張る力をつけようかな。

・・・などと、つるつるの路面を見てあらためて心に決意した冬の朝でした。(まだ転んだわけではない)

クリスマスプレゼント 

2016, 12. 07 (Wed) 00:30


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先日からのサンタ繋がりですが、今日はクリスマスプレゼントのお話です。

先日小学二年生のお子さんと話す機会があったのですが、あの頃の年齢はまだサンタさんを信じているんですね。「クリスマスプレゼントに何をもらうか?」について、子ども同士で熱い会話を繰り広げていました。ぼくはそばでふむふむと聞いていましたが、たいへんかわいらしかったですね。

思うに、基本、子どもはみんなサンタさんの存在を信じたいのだと思います。(だってプレゼントが欲しいですものね)もっとも小学校に上がる頃にもなるとやはりちょっとその存在に不審を抱くというか、プレゼントが欲しいという気持ちの他に、現実と虚構の間に実感という橋渡しを架そうとする心理が子供心に働くのか、「サンタさんが本当にいるか、自分の部屋にビデオカメラをセットしてたしかめたい」とか「イブはぜったい寝ないでがんばって起きている」など、いろんなことを言う子がいてすごく面白かったです。ぼくが何歳頃までサンタを信じていたかはもう記憶が定かではありませんが、こんな風に大らかな気持ちで世界を捉えることができるのは、まさに子ども時代の特権だと思います。

それでも、やはり子どもは大人に比べて信じる力(正確には信じようとする力)が強い生き物だと思います。以前、「うちの上の屋根裏には妖精が住んでいる」というぼくの言葉を真に受け、ものすごく食い付いてきて、「どんな暮らしをしているのか?」「食料はどうしているのか?」などと根掘り葉掘り聞いてくる子がいて、話のつじつまを合わせるのに困ったことがありました。(今思えば「アリエッティ」みたいな話ですね)でも、そういうことを信じられる方がぜったい楽しいと思うんですよね。世界の細部が豊かになるというか。

「プレゼント」という紛れもなくリアルな物体(商品)と「それを持ってきてくれるサンタさん」という謎めいたわくわくフィクション。そのふたつの存在をひとつの人格の中に溶け込ませ、違和感なく自分の世界に併せ持つことができる・・・それこそがぼくたちが失ってしまった子ども時代なのかもしれません。

もっとも、「『ニンテンドースイッチ』は発売が間にあいそうにないからサンタさんには3DSとソフトを頼むことにするか」などと妙にちゃっかりした願いごとをするのもまた子どもなんですけどね!

サンタのイルミネーション 

2016, 12. 06 (Tue) 00:30


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最近また家のイルミネーションを増やしました。袋を背負った数人のサンタさんがはしごをよちよち登っていくというもので、家の外壁の高いところに吊すと、サンタが本当にがんばって家に侵入しようとしているみたいでかわいいです。(残念ながら我が家にえんとつはありませんが)

問題は吊すところです。本来なら上述のように家の高い位置に飾るのが一番いいのでしょうが、吊すためには留めるフックを取り付けねばならず、壁を傷つけてしまうことになります。とりあえず今は家の正面、二階と一階の間から下げていますが、夜、外から見ていちばんよく映えるポジションを探さないと。数日は試行錯誤が続きそうです。

でもイルミネーションって、実際にその家に住んでいる人間にとっては案外あまり意識の上にのぼらないものなんですよね。なにせ本人は家の中にいますから自分の家を眺めるというわけにはいきません。タイマーをセットして自動点灯モードなんかにしておくと、ふだんは完全に忘れているというか、たまにご近所さんに「すごくかわいいですね」と言っていただくと、かえって恐縮してしまったり。

もちろんメリットもあります。タクシーを利用するとき目印になりますし、あと荷物を届けに来る配送業者の方や郵便局の方を自然と笑顔にするという地味ながらなかなかあなどれない働きがあります。ひところ、この効能(?)に気づかず、印鑑や受け取りのサインを求めに来る黒猫さんがすごく笑顔なのは一体なぜだろうと真剣に考え、やがてこれのせいかと気づいた次第です。でも、誰かに喜んでもらえるのっていいですよね。

しかしなんと言ってもいちばん喜んでくれるのは子どもたちです。うちのご近所には小学生ぐらいのお子さんがたくさんいるので、(このところ急に増えた)夜に瞬くイルミネーションはなかなか好評のようです。というか、いちばん楽しんでいるのは彼らのような。でも繰り返しになりますが、どなたかに喜んでもらえるというのがいちばんうれしいですね。

急激に冷え込み始めた冬の夜、ともすれば殺風景になりがちな戸外ですが、こんな風に明かりを灯して、少しでも目を楽しませる眺めが作れたらなあ、と思っています。

神棚と御神酒とアイス 

2016, 12. 05 (Mon) 00:30


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今日、久しぶりに近くの公園に行きました。

これまた久しぶりに子どもたちといっしょに遊んだ後、(喉が渇いたので)試しに水飲み場の蛇口をひねってみると、お水が止められていました。ぼくが部屋に籠もっている間にもうとっくにそんな季節になっていたんだな……と改めて実感したひとときでした。見渡せば公園の木々も冬囲いがされていますし、街の至る所で冬支度はもう済んでいたようです。そういえば家の近所でやっていた道路工事も路面が綺麗に舗装されて終わっていましたしね。月並みな感想ですが、時の流れはほんとうにはやいですね。

スーパーに行くと入り口の一角に御神酒や鏡餅などが売っている特設コーナーが設けられており、徐々に年の瀬が近づいているんだな、とあらためて感じます。(その前にクリスマスがありますが)

「おみきってなあに?」と子どもたちが聞くので、「神様に捧げるお酒だよ」と説明すると、子供心に不思議に思ったのでしょう。「かみさまはどうやってお酒を飲むの?」とまた聞いてくるので、神棚について一から説明する羽目になり……。ううむ。今時のご家庭では神棚を設えるお家はもはやめずらしいのか、子どもたちは知らないようでした。時代の変化ですからやむを得ないことかもしれませんが(確かに最新の分譲マンションに神棚とかなさそうですしね)、こうした神事や祭事は子どもたちの季節感や伝統意識を養うきっかけにもなりますから、もっと触れあう機会があるといいのですが。ぼくも昔、年の瀬にばあちゃんちに行くと祖母がいそいそと神棚に御神酒を捧げているのを見て不思議に思った記憶を思い出しました。でも、いいですよね。ああいう風景。

子どもたちがしきりにアイスを食べたがったので買って帰り、近くの公園のベンチに並んで腰を下ろして食べました。「なんでこの寒空の下でガリガリ君を食べなきゃならんのだ!」と震えながら自分自身に突っ込みつつ、でもちょっと懐かしい気分になりましたね。子どもたちも満足そうでした。

以上、明日から大雪になるという北国の日常(?)の一コマでした。

家具 

2016, 12. 04 (Sun) 00:30


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最近、家具をちょこちょこ取り替えています。長年使っていたものや、愛着はあっても痛みが激しいものなどは思い切って捨て、ずいぶん新しい物に変えました。たぶんそういうサイクルに入っているのでしょうね。進学やお引っ越しなど、人生にはそうした機会みたいなものがたびたびありますが、ぼくの場合は2016年がそうだったようです。

もっともぼくの家の場合、本箱や本棚がやたらあるという点を除けば家具はそれほど多くないため、取り替えるのは比較的簡単です。机(パソコンデスク)、ソファー、ベッド、食卓テーブルの椅子四脚・・・もちろん他にも家具はありますが、普段の生活の中でよく使うものといえばこのへんでしょうか。これらを取り替えるため、一頃ずいぶん家具屋さんに足を運びました。

と言っても、なにもぼくにインテリアに対する厳正にして揺るぎない美意識があるというわけではありません。ただやはり長く使うものですからね。せっかくなら気に入った物を使いたい・・・というわけで、ここ数年ぼくが好きで愛用しているのがカリモクの家具です。これは以前、祖母がある施設にお世話になったときに、悠々と一人がけのソファーに腰を下ろしているのを見て、「いい椅子だなあ」と思い興味を持ったのがきっかけで知りました。以来、ぼくもカリモクの家具を愛用しています。なんというか、触れた感じがふんわり優しいというか、あまり難しいことを考えないでまったり使用できることろが好きなんですよね。淡泊なぼくにあっているというか。

とりあえずこの間書庫と自分の部屋を分離させたばかりなので書庫はいじらない方向で(というか、当分本はもう動かしたくない)、今取り替えようと思っているのは食卓用の椅子。暇を見て、カタログを見る毎日です。

お薬 

2016, 12. 03 (Sat) 00:30


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こうした日常を綴るブログを書いていると、書き終えてからしばらくたったあとに「あれ? あのときはああいう風に書いたけど、今振り返ってみるとちょっと違っているよな」と思うことが時々あります。とくに日常における生活のスタンスや行動などがそうで、かつて自分が自信たっぷりに「これはしない」と断言したようなことを、実際は結構やっていたりとか、矛盾していることをしている自分に気づくことがあります。そのときはべつに嘘を言っているつもりはないのですが、たまにこうした実感を憶えるということは、文章の中にぼくなりの思い込みや誇張が入ってしまっているからでしょうね。ううん。気をつけないと。

最近そう感じた事例ではお薬がそれにあたります。以前、ぼくはどこかで「ぼくは薬をほとんど飲まない」と書いたような記憶があるのですが……いやあ、この十日ばかりはお薬を飲むことが多かったですね。常飲している薬があるわけではないのですが、風邪気味ということもあって、「ここで寝込むわけにはいかない」という思いから風邪薬をずいぶん飲みました。また締め切り間際の最後の数日間などは頭が休んでいないせいか夜はほとんど寝付けなかったため、生まれて初めて「睡眠導入剤」なるものにも頼ってしまいました。(そういえばすごく寝つきはいいなんてことも書きましたっけ)

それにしても睡眠導入剤って初めて服用してみましたが、すごいんですね。なまじこういう薬とは縁遠い人生を送ってきたため身体に耐性がなかったいせいか、効きが早くてびっくりしました。飲んだ瞬間に朝になってるみたいな(ちょっと大げさですが)まさにそんな感じでした。でも寝ることが三度の飯より好きなぼくとしては、ちょっと物足りないというか、寝る楽しみや醍醐味を奪われてしまったような気分になりましたね。なんというか、布団の中でぬくぬくごろごろする幸せがあまり味わえないというか。いやあ、薬って本当に不思議なものですね。

今はまたお薬を飲むことはなくなり、再び以前の自分にもどりました。お薬は大変効果のある便利でありがたいものですが、やはり自分の身体は可能な限り自分でなんとかしたいですものね。・・・というわけで、まずは日々の暮らしから健康に気をつけることにしよう、とあらためて強く心に思った清野でした! (あと、ブログでもあまり自信たっぷりに自分のことを断言したりするのはやめようとも思いました)

最近の出来事 

2016, 12. 02 (Fri) 00:30


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と言っても、とりたてて変わったことがあったわけではありませんが、日々の日常の中からなんとなく思いついたことを書き綴ってみます。

・宅配牛乳をとるようになった。

一週間ほど前から宅配の牛乳を取るようになりました。むかしよくあったような、玄関の前に牛乳箱を置いておくと、毎朝瓶の牛乳が届いているという例のあれです。営業に来られた方に薦められるままになんとなく取ってみることにしたのですが、今の牛乳瓶ってすごく小さくなっているんですね。ぼくの中の牛乳瓶のイメージは学生時代くらいで止まっていたのでびっくりしました。でもおかげで毎日新鮮な牛乳が飲めるようになりましたし、これで少しは健康になる・・・のかな?


・字が小さい本が読みづらくなった。

最近、絶版になっていたハインラインの小説をまとめて手に入れたのですが、(主にハヤカワ文庫)昔出版されたものだけに、何冊かは字が細かくてちょっと読みにくかったです。これはもしかして年のせい? まだそんな年齢じゃないんだけどなあ。でも最近の文庫本の文字サイズが少し大きめなのは有り難い傾向ですね。久しぶりに『ダブルスター』を読みましたかやっぱり面白い。ハインラインの中でも大好きな作品です。


・蔦で覆われている家ってかっこいい

散歩をしていると、たまにレンガの外壁を蔦が這っているお家を見かけますが、ああいうのっていいですね。建物と緑が自然に寄り添っている感じがして、思わず立ち止まって見てしまいます。でも実際にやってみると虫がついて大変、という話を聞いたことがありますので、やはり住むと見るのとではちがうのでしょうか。
札幌ファクトリーにもレンガの壁一面に蔦が這っている場所があり素敵ですよね。札幌ファクトリーは「札幌麦酒工場」と呼ばれていた頃のサッポロビールの第一工場の遺構を利用したものですから、古いレンガに趣がありますし、これまた行くたびに眺めてしまいます。秋には素晴らしい蔦の紅葉が見られますしね。


・『Fallout4』というゲームが面白そう。

最近、このゲームに興味があります。核戦争後の近未来、2287年のボストンというダークな世界観に惹かれますし、ちょっとやってみたいかも。でもファミコンクラシックミニにも未練がありますし(まだ全然買えていません)、ソフトを購入してもはたして集中力が持続するかどうか。うーむ。凄く面白そうなんだけどなあ。やっぱり、新しいゲームも積極的にやらないとダメですよね。


というわけで、以上、つれづれなるままに最近の出来事でした!