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『さよなら、サイキック』あれこれ 

2016, 08. 31 (Wed) 00:30

『さよなら、サイキック』が明日(あさってかな?)発売されます。
ぼくとしては久しぶりの新刊なので、読者の皆さんにはぜひお手にとっていただけると嬉しいです。
一応、発売間近ということで、この作品にまつわる記憶というか思い出を、作品の内容に触れない範囲で思いつくままに挙げてみることにしました。


・鉄塔の写真を撮りまくった

鉄塔の写真はよく撮りましたね。去年の秋、『大人の社会科見学ツアー』というツアーに参加して工場などを見て回ったのですが、トヨタの自動車工場に行った際、ろくに工場は見もせず、ひたすら周囲の敷地内にある高い鉄塔の写真を撮ってばかりいました。漫然とみていたときは気づかなかったのですが、鉄塔っていろんな種類があるんですね。
その後も鉄塔が聳えているのを見るとつい反射的にカメラを向ける癖が付きました。作中の人物ではないですが、青く突き抜ける高い空を背景に凜として佇む鉄塔ってなんかいいな、と思うようになりました。

・道を歩いていて絶縁碍子に目が行くようになってしまった

同じように絶縁碍子にも視線が行くようになりました。絶縁碍子っていうのは電柱や電線についているあれですね。白くて丸いかわいいお団子みたいな奴です。機能としては電線の電気を周囲から絶縁するためのものですが、そういえば子供の頃に家の近くの遊び場代わりに使っていた空き地の隅などによくこういうものが転がっていたのを思い出しました。子ども心に、その機能美に魅せられて密かに集めたり。結局、使い道なんてないんですけどね。

・制服について調べた

女の子の制服については結構調べましたね。デザインが一度頭の中にイメージできていると、やはり書きやすいです。
といってもぼくは直接絵を描くわけではないので、イラストレーターさんと比べるとかなり楽な部分はあると思います。文章での描写ですから。
編集者さんを通じてイラストやキャラ設定のラフ画などをいただくことがありますが、その超絶スキルに驚かされると同時に、その作業の緻密さには頭が下がりました。
(あすぱらさん、ありがとうございました!)

ちなみにこの作品のためではありませんが、以前、制服のスカートの構造(?)について調べていて、女の子のスカートにはポケットがひとつしかないと知って仰天した記憶があります。
うーん。女の子の服って奥が深い。

・都心のビルの高さを調べた

東京都庁舎243m、東京タワー333m、ミッドタウンタワー248m、虎ノ門ヒルズ256m、代々木ビル239m、新宿パークタワー235m……。
都心は高いビルがたくさんです。
結局、本文ではまったく使わなかったけれど。

・エアーガンは種類がいっぱい

モデルガンやエアーガンに関しては全然知識が無かったのですが、調べてみると最近の銃はすごいことになっているんですね。本物と見まごうばかりのデザイン、精巧さ、ギミック。
エアーガンってこんなに進化していたんだ……というのが実感です。
東京マルイなどのの電動ガンを調べるうち、思わずちょっと欲しくなってしまいました。

・これまでとは違った女の子が書けるように

これまでぼくはかわいくて明るくて元気いっぱいの女の子ばかり書いてきました。だってそういう子が好きなんですもの。

なぜ書けるかというのも簡単で、自分の中にそうした子がいるからですね。これは男の子についても同じです。それらのキャラクターはこれまでのぼくがその人生を通じて育んできたものですからある意味書けてあたりまえなんですよね。

ですが今回、ぼくは初めてそうした女の子ではない別なタイプの女の子を登場させてみました。するととんでもないことに。詳細は本作をお読みいただければと思いますが、自分もこういう女の子が書けるようになっていることに改めて気づかされた次第です。
ただちらっと不安、というか軽く禁断の扉を開けてしまったような気も……。

うーむ。ぼくは今後、この子をちゃんとコントロールできるのだろうか。


というわけで、思いつくまま『さよなら、サイキック』について書き連ねてみました。
あとは読者の皆様のご高覧に供するのみですが、もし気に入っていただけたらうれしいです!

 

2016, 08. 30 (Tue) 00:30


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旅は好きです。

根っからのインドア派で、自宅で本を読んですごしているのがなにより好きなたちで、ついには一応物書きなんていう一日中部屋に籠もっていても怒られない……というか言い訳が立つ(?)仕事についてしまったにもかかわらず、旅という、ふだん住んでいる場所とはちがう場所に行くという行為には常に惹かれるものを感じてきました。

夜、暖かい灯の灯る木造の民宿や旅館に泊まったり、鄙びた木陰のバス停で路線バスを延々待ったり、焦れた大気の中、照りつける日差しに呆然と空を見上げたり、見知らぬ土地で地平線に広がる朝日や夕陽の光にふと世界の息吹を感じたり―――。
(すみません。今かなり現実逃避入ってます)

かといって、じゃあ学生時代に青春18きっぷを買って日本国内をあちこち旅をしたことがあるかというと、そういう経験は全然無いんですよね。そのころは世界中の名作や古典をありったけ頭にぎゅうぎゅう詰め込んで一日中パソコンの前に張り付いてへたくそな小説ばっかり書いてましたから。
むろんそうした文脈が現在のぼくにつながっているわけですから文句はないのですが、今考えるとちょっともったいないことをしたな、と思います。もう少し勢いとパワーにまかせてあてのない旅をしたりしても良かったのでは、と。

ただ、一応北海道民なんで大自然に対する幻想はあまりないかな。雄大な空、緑、景色といったものは日常ですし、むしろそれ以外のもの……歴史や伝統の息づく街並みとか、遺された城趾の偉容であるとか、郷土というものの持つどうしようもない頑迷さやある種の逞しさ―――たぶんそれは長い時の流れのようなものだと思うのですが、そうしたものに心惹かれますね。
たぶん実際にその土地に住んでおられる方には、それらはあまりに自明のものなんでしょうけれど。

旅に関してはたとえそれが国内であれ海外であれ、「もし誰かに誘われればぜったいに断らない」というかたい掟を自分に課しています。これはたぶん自分が出不精で放っておいたら動こうとしないたちであると自覚しているからで、自戒の意味を込め機会があらばすぐに腰を上げる準備だけはしています。この掟のおかげでこれまでいろんなところへ行くことができました。

旅を通じて、ふと認識があらたまるような一瞬。初めて見る目の前の風景が、生き生きと、まるで光の粒の一つ一つまで瞳に鮮やかに浮かび上がるあの瞬間はほんとうに好きです。

また旅をしたいなあ。

今日、新海誠監督の『君の名は。』という素晴らしい映画を劇場で観て、ふとそんなことを思いました。


映画評論 

2016, 08. 29 (Mon) 00:30


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といってもぼくが評論するわけではなく、映画評論される方の感想をいつも楽しみに読んだり聞いたりしているというお話です。

なにか新しい映画を見たいけれど、何を見ていいかわからない。
そんなときは、よく映画評論家の方の感想を参考にさせていただきます。特に最近はYouTubeなどでたくさんの映画評論家が最新の映画や話題作について熱く詳細な評論を公開しているのでよく利用させてもらっていますね。そしてちょっとでも「面白そうだな」と思ったら劇場まで観に行ったり、DVDを買ったりします。

ぼくの個人的な考え方ですが、結局、映画に関しては1か0、つまりその映画を見たか見ていないかがすべてであり、その中間というものは存在しないと思っています。ですのでその映画を見たことのある人間はその作品について、それが賞賛であれ罵倒であれ、なにかを語る権利を有しますが、見ていない人間はなにも言う資格はない。―――であればこそ、人に思わず「その映画を見てみたい」と思う気持ちを沸き起こさせる評論こそが、ほんとうに素晴らしい映画評論なのではないかと。

それが活字であれ、しゃべりであれ、まだ見ていない映画の魅力を的確に伝え、興味を掻き立たせ、思わず映画館に足を運ばせてしまう力。そういう力を持つ映画評論家の方を何人か知っているだけで、なにか人生が豊かになった気すらします。

じゃあ自分はそうしたことができるのか、と言えば無理ですね。評論は難しくて出来ません。そもそも見ている映画の本数が少なすぎる。

自分では映画は好きな方だと思いますし、これまでの人生でそれなりに見てきたつもりですが、やはり本当の映画好きの方に比べれば基礎体力が一桁違うと思います。
そのむかし、押井守監督が若い頃に年間1000本映画を見たと聞いて、すごい! 自分もやってみようとチャレンジしたことがありましたが、470本くらいで挫折した記憶があります。
またどちらかといえば、いろんな映画をたくさん見たいというよりは、好きな映画を何度も繰り返し見たい、そういうタイプですしね。
だからこそ映画をたくさん見、映画に人生のすべてを捧げておられる方は尊敬します。

ただ今はAmazonなどがありますから、映画好きにとっては本当にいい時代になったと思いますね。

ぼくが映画を熱心に見始めた頃はまだぎりぎりVHSのビデオテープの時代で、むかしの映画を見ようと思えばビデオレンタル(それも個人経営店)で借りてきて見るか、劇場で見るかどっちかしかなかったですから。トリュフォーやイーストウッド、鈴木清順の過去の作品を求めて足を棒にして何日も街をさまよった記憶が……。小津安二郎や成瀬巳喜男だって、全作品そろっているお店なんてほとんどなかったですしね。
それが今では興味を持った映画のタイトルを検索し、ワンクリックするだけでたちまちそれが見ることができる。もっとも、その映画に出会うまでの課程が簡単になったぶん、名作、傑作に出会ったときのありがたさが若干薄れてしまったような感じもいたしますが。

ぼくが最近見て面白かった映画は『ヴィジット』というM・ナイト・シャマラン監督のサスペンス・ホラー(?)です。

すごいこわがりなのでお化けも幽霊もホラー映画も苦手なぼくですが(なぜかゾンビ映画だけは平気)、これは本当に面白かった。もちろん観ている最中はこわくて震えていましたが。

ラストはちょっと感動です。

コーヒー 

2016, 08. 28 (Sun) 00:30


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コーヒーは好きです。

まず朝に飲みますし、書いてる最中にも飲みますし、夜になっても飲みます。よーするに机の上にはいつもコーヒーカップがあります。

飲むことが完全にひとつの生活のリズムになっている感じなので、コーヒーが万一切れたりしてしまうととても困ります。この間調べてみたら、なぜかうちにはデロンギのコーヒーメーカーが4台ありました。

でもふしぎなもので、外出する機会があっても街中の喫茶店に入ったりはあまりしないんですよね。コーヒーは家で飲むもの、というか、むかしから喫茶店でゆっくり腰を落ち着けるということができないたちで、飲み物を注文して飲み終わったらとたんにそわそわしてしまい、早くお店を出たくなってしまいます。

まして喫茶店で本を一冊読み切るなど到底できないたちで、学生時代に文庫本などを片手に喫茶店に入っていく友人の姿が見ていて不思議でした。だって寝っ転がって気楽に読めないじゃん! とか思ってしまうんですよね。それは、どんなに素敵な雰囲気のお店であっても今も変わりません。
そういうところを品よく利用されている方に対する、淡い憧れはあるんですけれどね。
(年配の方が、くつろぎながらごく自然に喫茶店を利用されている風景ってなんかいいですよね)

コーヒーを飲みながら読むにふさわしい小説のジャンルってなんでしょうね? やっぱり格調高いミステリーとかでしょうか。それとも海外のハードSFかなあ。

まだ少し早いですが、秋の宵に読書はぴったりです。

ちなみに、今ぼくは藤沢周平さんを読んでいます。短編が最高です。

水曜どうでしょう 

2016, 08. 27 (Sat) 00:30


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今なんとなくDVDで『対決列島』を観ています。第四夜です。安田さんが牛乳を吹いてます。

いいですよね。『水曜どうでしょう』。

でも、どうでしょうに関してはぼくはきちんとしたテレビで観るよりもパソコンの画面やモニターで、それも切れ切れに観ること方が多いようです。もちろんDVDで楽しむこともありますが、むしろどうでしょうに関してはあまり良くない視聴環境で観た方がリラックスして楽しめるような感じがします。

『水曜どうでしょう』という番組を知ったのがいつだったのかは、ちょっと思い出せません。本放送をやっていた頃ですからだいぶ昔だとは思いますが(たぶん『試験に出るどうでしょう』あたりだったんじゃないかと思います)、いずれにせよ夜にテレビを付けたらなんとなく面白そうな番組をやっていた、といったあたりが実際のところじゃないでしょうか。なにせ北海道ですから。

以来、放送や新作を楽しみにして今日まで至りますが、正直なところ、もの凄く熱心に観ているというわけでもないんですよね。せっかく地元に住んでいるんだからもっと貪欲に情報を追ったりすればいいんですけど、別にそこまでする気もない。ただなんとなくすごい勢いで大きくなっていく大泉洋さんや番組や出演者の方たちを遠くから見守っている、そんな感じです。(きっと、同じように感じられている道民の方は多いんじゃないでしょうか)

でもふとした折りに観たときに笑えたり、いろんなことを思い出させてくれたり、逆に心地よく忘れさせてくれたりと、本当に味わい深い良い番組だと思います。心から好きと言える番組ですね。

一番好きな企画は……うーん。なんだろう? 『ユーコン』も好きですし、『アメリカ合衆国横断』も好きですし、『ヨーロッパリベンジ』も『夏野菜』も好きですし。あと『試験に出る日本史』は大好きで何度も見てますね。……という風に挙げていくと結局全部好きだと言うことになっちゃいますね。


またそろそろ新作をやってくれないかなあ。

リンネという作品 

2016, 08. 26 (Fri) 00:30

ブログを始めて二週間近くが経ちました。

はじめは「作品を書くこと以外に、ぼくにだれかにむけて語ることなんてあるのかな?」という気持ち半分でいましたが、あまり気負わずにはじめたのがよかったのか、それともこういうのが案外好きな性格なのか、おかげさまでけっこう楽しんで書かせていただいています。

そんな中、先日ひとつご質問をいただいたので答えさせていただきます。
拙著『時載りリンネ!』に関するご質問で、「『リンネ』の続きはもう書かないのですか?」というお問い合わせでした。

まず最初に、リンネの続きを楽しみに待っていただいている読者の皆さんにお詫びしたいと思います。
長い間お待たせして大変申し訳ありません。

言うまでもなく『時載りリンネ』はぼくのデビュー作であり、ぼくにとってもたいへん愛着のある作品です。
よく「作家のすべてがその処女作に現れる」なんていう言葉が言われますが、今振り返ってみても『時載りリンネ』には確かにぼくという作家を構成する様々な要素……本、女の子、冒険、好奇心、未来や時間といったエッセンスやテーマが、暑苦しいまでの情熱と共にいっぱいにつまっています。

ぼくは若い頃から小さなお子さんと接する機会が妙に多く、その経験はほとんど物書きを志した頃から今現在までの期間に匹敵する、いや、もしかしたらそれ以上と言っても過言ではないくらいです。
「子育て」や「教育」になにか特別な能力を有しているというわけではないのですが、少なくとも元気いっぱいなガキンチョたちの横でたっぷり時を過ごしてきたぞという自負は今も持っています。
(もしかしたら、小さい子の世話は書くことよりも自信があるくらい)

『時載りリンネ』という作品にはそんなぼくの記憶や経験が物語の端々に満ちており、今思っても本当に伸び伸びと自由な気持ちで書いていると思います。こんなにライトノベルのセオリーから外れていいのか、と思うくらい。
(というか、一巻に関しては完璧にライトノベルと思って書いてないですしね)
と同時に、それらはいつでも甦るリアルタイムな体験であり、その意味では自分の中でリンネの世界は少しも古びた感じはしておりません。

ただ振り返ってひとつ感じるのは、やはりリンネの12歳の小学生という年齢は角川スニーカー文庫の読者さんの年齢を考えると、少し難しかったように思いますね。じっさい、当時の編集者さんにもその点について何度か指摘された記憶があります。
でもこの作品を書くことができて、それもデビュー作で発表することが出来て本当に幸せだったと思います。
そして機会があればまたぜひ続きを書きたいと思っております。


ご存じのように、ぼくは今『さよなら、サイキック』という新しい作品に取り組んでいます。この作品はぼくなりに新しいことや取り組みに挑戦したもので、読者の皆さんにはそれをぜひ読んで感じていただければなあ、という思いでいっぱいです。

なので、現在のぼくがみなさんに申し上げられることは『時載りリンネ』はぼくにとってとても愛着のある作品であるということ、いつの日か続きを書きたいと思っていること、そして今は取り組んでいる『さよなら、サイキック』に全力を尽くしているということ、以上です。言葉足らずで申し訳ありませんが、ご理解いただければ幸いです。

そして至らないへっぽこ作者ですが、読者の皆さんには今後もおつきあいいただければこれに勝る喜びはありません。

よろしくお願いします!


食べ物 

2016, 08. 25 (Thu) 00:30


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食べ物の話を少し。

少し前、「自分は食べることにあまり興味が持てない」みたいな話を書いたばかりなのに、なぜ食べ物の話をしたりするのかと言えば、べつにたいして深い理由はなく、やはりブログならこうした柔らかい記事というか、テーマもひとつやふたつ必要ではないかと思ったからです。はい。すみません。

もっとも、物書きにとって『食』は常に大きなテーマの一つでありますし、ぼくが好きな作家さんの中にも『食』を題材にした短いエッセイや随筆を書かれている方が多くいます。意外とそういう佳品にその作家さんの生きる上での機微や人生の実感がしたためられていて、しみじみ胸に沁みたりします。いいんですよね、ああいうの。
(時代小説をお書きになっている作家さんに食べ物についての良いエッセイが多い気がするのは気のせいでしょうか)

そうした作品を読んで思うのは、やはり『食』は人間にとって普遍的なテーマなんだなということです。
そもそも食べることは人間の最も基本的な営みであり、生きることそのものである以上、『食』や『食べる』ことを描かないことには人間を書いたことにはならないわけで、だからこそ多くの作家や文豪が繰り返しこの『食』という題材にこだわり続けるのだと思います。読者にとっても訴求力のあるテーマですしね。

もっとも、エッセイならともかく、今それを文学でやるのは少し難しいような気もします。今の時代、ぼくたちは実際に飢えるという体験したことがないし、それは現代となってはなかなかもう実感出来にくいものでもあります。まして若い頃のぼくみたいなアホな奴は、実際に食事を摂ることよりもアニメや映画や文学といったコンテンツを観たり読んだりすることに夢中になって生きてきたわけで、『食』をある種の当為として自覚することがなかなか出来にくい。

たぶん、その辺の思いがあったのでしょう。ぼくは以前、食べ物の代わりに本を読むこと(活字を読むこと)で生きるための滋養を得ている女の子を主人公にした物語を書いたことがありますが、ちなみにその子は本嫌い=食事を取りたがらない女の子という設定で、そのためお母さんにいつも怒られているという役柄でした。今思うとちょっと不思議なお話ですが、改めて振り返ると、存外そのあたりに創作上のテーマの根っこがあたような気もします。

日々の食べ物の話に戻りますと、ぼくはそばが好きですね。
海外旅行に行った帰りなどは千歳空港で必ず食べます。じゃないと日本に帰った気がしません。
あとスパゲティとかうどんとかラーメンとか。

なんだよ麺類ばかりじゃないか……と思い自己分析してみると、基本的に「早く食べることを済ませたい」という意識があるので、皿一つ平らげればそれで終わる料理が好き、という傾向が自分の中にあるみたいです。
う、うーん……。人間としてそれはいいのだろうか。

あ、この時期は冷やしラーメンが美味しいですね。

もうじきに夏も終わるし、一度食べに行こうかな。


黒澤映画 

2016, 08. 24 (Wed) 00:30


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先日、久しぶりに『白痴』を見返しました。

黒澤明監督の映画は大好きです。

というか、これに関しては説明不要でしょう。ぼくも多くの映画好きの方たちと同じように黒澤作品が大好きですし、その巨大な作品群から多くのものを得ています。
今でも結構な頻度で作品を見返しますが、やはりいいですね。しみじみと見てしまいます。

むろんぼくは世代的に黒澤作品をリアルタイムで見ることは出来かったため、ビデオやDVDなどで後追いしてその作品群をたどっていった世代です。その面白さを知るにつれ、のめりこみ、夢中になり、やがてだんだん映画の知識が増えるにつれて、ちょっと距離を置いた時期があったり、その後、「いや、やっぱり好きだ」といった感じで再び戻ってきたりと、何度も噛みしめるうち、黒澤作品はいつしか実家のような安心感(?)を与えてくれるようになりました。

今ではただその白黒の陰影が紡ぎ出す画面の移ろいを見ているだけで何とも言えぬ満ち足りた気分になります。べつに、内容や台詞なんて追わなくても良いんです。もう全部頭の中に入ってますから。

好きな作品はもう「全部」としか言いようがありませんが、強いて言えばやっぱり初期の作品……志村喬さんと若き日の三船敏郎さんがコンビというか、作中で師弟の関係を結ぶ作品群が好きです。具体的には『酔いどれ天使』『静かなる決闘』以降の作品ということになるでしょうか。もちろん現代劇だけでなく時代劇も好きです。

黒澤監督は「未熟な若者が先生について学び、やがて成長していく」というモチーフやシチュエーションが好きでよく作中に入れ込みますが、そうしたシーンを見るにつけ、いつまでも気持ちがお若いお方だったんだなあと思います。

『赤ひげ』のラスト、三船敏郎と若き加山雄三が並び立つ最後の場面は本当に感動的です。




体重 

2016, 08. 23 (Tue) 00:30


書くと痩せる。

……と書くと、なんだか馬鹿みたいですが、これは真理です。少なくともぼくの人生で培ってきた経験則においてはこの真理は間違いなくあります。

もっともこれには但し書きがあって、「締め切り間際、かつ自分のリソースを書くこと以外に一切振り向けられないくらい追い詰められた状態で書き続けると」、という大前提が必要です。

つまりは寝食を忘れるくらい一つの物事に打ち込んでいれば人間というものは痩せていくのだ、ということなのでしょうが、考えてみればこれはスポーツでもお仕事でもいいわけで、べつに小説を書くことに限ったことではないような気もします。ですが、少なくとも今作『さよなら、サイキック』の最後の改稿作業をしていた七月から八月にかけてのぼくはそうだったらしく、この時期体重が3㎏落ちました。

でも考えてみれば不思議な気もします。たんに机に向かってワープロソフトを叩いているだけで(まあ多少は次の文章やストーリーの展開をどうするか悩んだり、考えたりはしますが)、べつに有酸素運動をしているわけでも、真夏の太陽の下、外を10㎞走ってきたわけでもないのに勝手に痩せていくのですから。
きっと自分でもわからないところでカロリーを消費しているのでしょうね。

ぼくはどっちかというと食事には淡泊で、食べることに興味がないほうですが、それでもきちんと食事を取るようになったぶん、若い頃に比べればだいぶましになったほうです。20代前半くらいのころはほんとうに食べることに興味が持てなく、軽くお腹がすいたなと思ったらコップ一杯の水飲んでタバコ一本吸って(その頃は吸っていた)夕飯代わりにしてあとは寝てましたから。あの頃は全然それで平気だったんだよなあ。

書くことだけその一点に研ぎ澄まされていたあの頃の自分を思うと、今の自分はずいぶんぬるくなったと思いますね。でもまあ、食べないよりはきちんと食べた方がぜったいに健康的ですけど。


「食うために生きるな。生きるために食え」



格言だの訓戒だのには何の興味も無いぼくですが、今でもこの言葉はとても好きです。


真田丸 

2016, 08. 22 (Mon) 00:30


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『真田丸』を観ています。

すごく面白いですよね。ここ数年NHK大河ドラマから遠ざかっていたぼくですが、『真田丸』については今年初めの第一回放送以来、毎週楽しみにしており、一度も欠かすことなく見続けています。

このお話はご存じのように堺雅人さん演じる『真田信繁』(幸村)を主人公に、戦国時代という動乱期をタフに生き抜いた真田家を巡る物語です。真田家自体、信繁のそのヒーロー性や父・昌幸の戦上手っぷりとあいまって大変人気があり、過去に何度も映像化、作品化されています。

この『真田丸』においても演じられる俳優はたいへん豪華で、草刈正雄さん(真田昌幸)、内野聖陽さん(徳川家康)、小日向文世さん(豊臣秀吉)、近藤正臣さん(本多正信)、藤岡弘さん(本多忠勝)と各武将をそうそうたる面々がつとめています。

ちなみにこれはまったくの余談ですが、先日『シン・ゴジラ』を観た後、小松左京原作の『日本沈没』を観たくなって久しぶりにDVDで観返してみると、若き日の藤岡弘さんが出演していており、そのあまりの美男子っぷりに思わずひっくり返りそうになりました(笑)。
いや、あの頑固で一徹そうな髭のとーちゃんに、こんな麗しい時代があったなんて……。

ぼくは子供の頃、光栄の歴史シミュレーションゲームやシステムソフトのゲームで戦国時代の武将の名前を覚えた(たぶん、似たような過去をお持ちの方はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか)ので、もうドラゴンボールのスカウターみたいに、戦国武将の名前を聞いただけで半自動的に脳内にその武将の能力値(軍事、内政値)が表示されるという妙な体質(?)になっています。

真田昌幸 軍事10 内政10
真田信幸 軍事8  内政9
真田幸村 軍事16 内政4   ピピピ・・・

こんな感じ(笑)。

つまりは戦国大名や武将達の人となりや、経歴、生涯などはもう既に頭の中に入っており、また過去のドラマにおいてどのように演じられてきたのかもおよそ把握しているので、こうしたドラマを見るときは、脚本家や演出家がその人物なり歴史上の事件なりをどう捉え、どのようにドラマ上に反映させたりしているかという、つまりは「解釈の幅を楽しむ」見方になってしまいます。

その点真田丸は、例えば上杉景勝、直江兼続主従の描写ですとか、北条氏政の人物の掘り下げ方や宿敵・徳川家康の変化と成長など、これまでの作品とはまた違った雰囲気で描かれており、観ていてたいへん面白いです。時代と共に、どんどん新しい文献や学説も出てきますしね。

もちろん道民の端くれとして(?)、ぼくも大泉洋さんは応援していますから信繁の兄、信幸役として大泉洋さんが大河ドラマに出ているのはうれしいです。
とくに信幸は真田家で一番長生きする人物なので、その活躍を期待しつつ、今後も真田丸の行方を見守りたいと思います!


でも、真田信幸って史実では大変な豪傑だったらしいのですが、ゲームではなぜか内政の手腕が評価されて政治力が高いことが多いんですよね。
うーむ。もうちょっと武力も上げて欲しい……。



やっと髪を切った 

2016, 08. 21 (Sun) 00:30

先日、三ヶ月ぶりに髪を切ることが出来ました。
行きつけの美容師さんに髪を切ってもらいさっぱり。目元まで落ちかかっていた鬱陶しい髪も切ってもらい、ようやくすっきりしました。いやー、これだけ伸びたのは数年ぶりでしょうか。

こんなにも長く美容室に行けなかったのは、単純に行く時間がなかったから。
拙著の出版が決まってからというもの、急に毎日が慌ただしくなり、原稿の加筆と校正ゲラのチェックに机……というかパソコンデスクの前で一日の大半を過ごすようになってしまいました。

それでもなんとか髪を切りたいと思い美容師さんに電話するも、予約を二度キャンセルしたところで、これはもう出版にまつわるすべての作業を終えるまでは行けないと判断。先日、あとがきも含めやっとすべての作業を完了し、さてとと思いきや今度はお店がお盆に入ってしまいお休み中。結果的にこの時期にようやく思いを果たすことが出来ました。長かった……。

でも、髪を切ってもらっている最中ってなんであんなに眠くなるんでしょうね。
やっぱり気持ちがリラックスしているからなのかな。

ともあれ、九月の声を聞く前に多少こざっぱりした筆者でした。
でも、ちょっと短くしすぎたかも……。

ジョジョの奇妙な冒険 

2016, 08. 20 (Sat) 00:30




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最近幸せです。なぜなら『ジョジョの奇妙な冒険』のアニメを毎週観られるから。

数年前に第一部から始まって、二部、三部と来て、現在四部『ダイヤモンドは砕けない』が放映されています。子供の頃わくわくしていたお話が動き、声優さんの声がつき、音楽までついて楽しめる、この「幸せの繰り返し」(億泰風の表情で)を毎週のように噛みしめています。

ぼくは世代的に言うと、少年ジャンプのまさに黄金期を経験しています。今考えると幸せだったな、と思います。友達とわいわい言いながら教室の片隅でいろんな漫画を読むことができましたから。それもどれも歴史に残っているような漫画ばかり。いや、ほんとにすごい時代でした。

『ジョジョの奇妙な冒険』はそんな中にあっても当時から一際異彩を放っていたような気がします。あの独特の台詞の言い回しとポージングは当時ガキンチョだったぼくらの心をガッチリ掴み、休み時間になると早速スピードワゴンやシュトロハイムやワムウの物真似をする友達がいたものです。なんか台詞を口に出して言いたくなるんですよね(笑)

ちなみにぼくが一番思い入れがあるのはやはり第三部の『スターダストクルセイダース』でしょうか。いや、やっぱり二部の『戦闘潮流』かなあ。人生で一番多感な時期に観たり読んだりしたものは、一生自分の中から消えませんね。
好きなキャラクターは承太郎とジョセフ。特に老ジョセフは大好きです。

第三部の始まり、一部、二部とずっと読み続けていたジョジョの作品の世界が、今ぼくらがいるこの現代の日本に繋がった!感は、当時すごいものがありました。

今テレビではついに吉良が登場し、四部のストーリーもいよいよ中盤にさしかかったところ。
テレビの前で正座をしつつ、二十代の承太郎やおじいちゃんになったジョセフ、仗助、そしてもちろん億泰の活躍を見守りたいと思います!

ちょっと涼しくなってきた 

2016, 08. 19 (Fri) 00:30


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暑い日が続いています。みなさんいかがおすごしでしょうか?
などと思わず暑中見舞いみたいな文章を書いてしまうくらい、近ごろ暑い日が続いています。

ぼくも暑いのは苦手です。

涼しい北海道に住んでいてなにいってんだ、と言われそうですが、イヤなものはイヤです。今日もちょっと外へ買い物に出ただけで、カンカン照りの太陽に、じんわりと汗が……。
なのでテレビのニュースなどで、「今日の最高気温はどこどこで37.5度……」などと聞くとそれだけで気が滅入ると同時に、思わずその土地に住んでおられる方の健康に思いをはせてしまいます。

そんな中、北海道ではお盆を過ぎたあたりからちょっと涼しくなってきたような気も。

日の高いうちはまだまだ暑いですが、それでも夕方くらいからは涼しい風が吹き始めてきた気がします。先日は大雨も降りましたし、ちらほらとトンボの姿も見かけます。
なんだかんだいっても北海道の夏は短いので、ある意味夏を真っ当に満喫してやろう! というガッツや気構えがないとあっという間に暑い時期が過ぎ去ってしまうということになります。(この辺は道産子の感覚でしょうか)
事実、九月にもなれば朝夕に秋の気配が漂いはじめ、あとは冬にむかって一直線……ということになりますし。

うーん。まだ暑いうちにどこか外に行こうかな……。『シン・ゴジラ』でも観に映画館に―――って、これじゃあ外じゃないですね。

『シン・ゴジラ』。その観賞の果て 

2016, 08. 18 (Thu) 00:30


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お盆の前のことですが、Amazonで注文した『シン・ゴジラ 音楽集』がようやく自宅に届きました。
『シン・ゴジラ』を見終えた直後、テンションが冷めやらぬまま注文してしまったものですが、久しぶりに映画のサウンドトラックを購入してしまうほど未だ『シン・ゴジラ』に対する興奮が続いています。

こういうときにやりたくなるのが、作品のルーツ探しや原典探し。つまり『シン・ゴジラ』に影響を与えた作品や、内容が似た作品をDVDなどで見返すことです。

むろん『シン・ゴジラ』は2016年に屹立するワン&オンリーの作品であり、それに似た作品がそうそうあるはずもないのですが、一般に雰囲気やテイストが似ていると言われている過去の作品を探してみよう……ということで、とりあえず『日本沈没』を久しぶりに観返した後、庵野監督も大好きだという岡本喜八監督の『激動の昭和史・沖縄決戦』、『日本のいちばん長い日』の二本を観賞。

庵野監督が熱いリスペクトを捧げ、岡本監督との対談で「のべ100回以上は観ている」と言っている『激動の昭和史・沖縄決戦』はむかし一度観たことがあるのですが、後半のシーンが痛ましくて、すごくつらかった記憶があります。逆に『日本のいちばん長い日』の方はすごく好きな作品で、こちらは何度も見ています。この作品の作者の半藤一利さんは庵野監督のお師匠、宮崎駿監督が大好きな作家さんなのですが、実はこの方、夏目漱石の義理のお孫さんに当たる方なんだそうです。

宮崎駿監督と言えば夏目漱石の大ファンで『崖の上のポニョ』の主人公、宗介くんも漱石の小説『門』の主人公から取ったものですし、ポニョの映画の中にも林順治さんの『漱石の時代』を本棚の中に描いてしまうくらい(ポニョが宗介の家に遊びに来てあたりが洪水になり、宗介のお母さんが周囲と連絡を取るため無線機を使うシーンの本棚です)思い入れのある作家なのですが、うーん、こうしてみると、人と作品っていろいろ繋がっているんだなあ、と。

それからなんとなく岡本監督の映画を見返したくなり、『独立愚連隊西へ』『ダイナマイトどんどん』などを観賞。佐藤充や菅原文太の発散する野卑でエネルギッシュなパワーの前にうっとりしつつ、そういや佐藤充さんは『もののけ姫』で祟り神、菅原文太さんは『千と千尋』で釜爺の声の役をやっていたなあ、などとしみじみ。……としているうちになんとなく若き日の菅原文太の他の作品が猛烈に観たくなり、気がつくと『トラック野郎 爆走一番星』のDVDをプレーヤーにセット。

いやー面白かった! と大満足してテレビを消したところでふっと我に返る。
あれ? なんか当初の目的からずれてきてないか? てか、なんで文太と邦衛?


―――というわけで、最後は『シン・ゴジラ』からいささか離れてしまいましたが、久しぶりにいい映画をたっぷり観ることのできた数日間でした。

サッカーについて 

2016, 08. 17 (Wed) 00:30


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サッカーは相変わらず好きです。
Jリーグも観ていますし、欧州リーグも時間がある限りチェックしています。

ただ、やはりひと昔前までのような、「熱い情熱で1シーズンを追いかける」という感じではなくなっているのが正直なところ。
好きだった選手が相次いで引退してしまったせいか、代わりに好きな選手をなかなか見つけられないせいか。といってもぼくの好きだった選手はパベル・ネドヴェド、ハビエル・サネッティ、イヴァン・ガットゥーゾ、アラン・シアラー、ポール・スコールズといったところなので、「もう10年も前の選手じゃん!」ということになるのですが。
ううむ。いけない。なんとかしないと……。

Jリーグの放映権がスカパーからDAZNに移ったのも気がかりなところです。料金が安くなるのはもちろんうれしいですが、なんだかんだいいながらスカパーはきめ細やかな中継をしてくれていたと思うので、それがどう変わっていくのか。
結局、ぼくらみたいな人間はぶつぶつ言いつつもサッカーを観るのに月一万円近く払い続けてきたわけで、いちばん肝心なのはそういう部分だったりします。

今はオフですが、もうすぐ新シーズン開幕。
今シーズンはもう少しまめに試合を観るようにしよう!


いけない。今回はサッカーファン以外、なんのことだかさっぱりわからない話になってしまった。

『シン・ゴジラ』 

2016, 08. 16 (Tue) 00:30


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現在大ヒット中の『シン・ゴジラ』。
リピーターも続出のようで、中には十何回も観に行かれた方もいるそうです。
そうした猛者には及びもつきませんが、ぼくも既に三回観ています。

最初に観に行ったのは公開日の翌々日でしたが、その時は正直ガラガラだったのが、いくたびにじわじわ観客が増えていくのを肌で実感します。先日観に行ったときも大賑わいで、大観衆に混じってスクリーンでゴジラ映画を堪能するという幸せな体験が出来ました。

もっとも、ではぼくが熱心なゴジラ・ファンなのかと問われればそんなことはなく、恥ずかしながら以前に観たことのあるゴジラは1954年の白黒の初代『ゴジラ』だけ。それも完全に後追いで、映画(特に邦画)に興味を持ち始めた20代にまとめて観た作品の一本で、観た理由も「志村喬さんが出てるから」とか、「黒澤組の助監督を務めていた本多猪四郎監督の作品だから」という感じで、もちろん楽しんで観ましたが、今思うと教養として勉強として「頭で」観ていたような気もします。
うーん。あの頃は意味もなく焦ってたなあ。

しかし聞くところによれば、初代『ゴジラ』を観た後に『シン・ゴジラ』を観るというのは実はなかなかいい観賞の順番(?)なのだそうです。なんでも、他の作品とは異なりこの二作は「ゴジラがまだ一度も現れたことのない世界」を描いているのですが、これは庵野監督が初代ゴジラをとてもお好きなため、あえてそういう作りになっているのだとか。

そう言われてみれば確かになにも予断や先入観を持つことなく、まっさらな状態でこのすごい作品とむきあい、楽しんで観ることが出来た気がします。
でもやっぱり不勉強は良くない! と思い、現在Huluで『ゴジラ対メカゴジラ』を観賞中……。
ゴ、ゴジラがなんかかわいい。
でも、が、がんばるぞ。

うらやましいのはこれから生まれて初めて『シン・ゴジラ』を劇場で観るお若い人たち。感受性が豊かなこの時期に、そして2016年にこの映画を観ることは、きっと、忘れられない体験になるんだろうなあ。

新刊告知 『さよなら、サイキック』 

2016, 08. 15 (Mon) 00:30

新刊の告知をさせていただきます。

拙著『さよなら、サイキック』が8月31日に角川スニーカー文庫より発売されます。イラストはあすぱらさんです。

ぼく自身、久しぶりの新刊ですが、すごく楽しんで書くことが出来ました!
ぼくの作品にしてはめずらしく(というより初めて)、小学生の子たちではなく17歳の高校生の男の子と女の子、そして14歳の女の子が主人公の物語です。さらに、これまたぼくにしては稀有なことに、『恋愛』というテーマに正面からむきあったものになっていますので、そのへんも楽しんでいただけたらうれしいです。


それともう一点、告知を。

前作『時載りリンネ!』シリーズの合本版が電子書籍にて配信中です。こちらも著者は清野静、イラストは古夏からすさんとなっております。
なお、この合本版にはこれまで未収録だったリンネの短編、『ダイエット大作戦!』が新たに収録されています。

この『ダイエット大作戦!』は短編ながら、ぼくがひそかに気に入っている作品の一つで、今回、このような形で読者の方に読んでいただく機会を得ることが出来て、とてもうれしく思っています。

内容については、ある日大人の女性らしいスタイルに憧れたリンネが一念発起してダイエットをすることを思い立つが……というもので、全体にユーモラスな作品になっています。

こちらもあわせてお願い致します!







ブログ始めました 

2016, 08. 14 (Sun) 19:32

こんにちは。清野静と申します。
今月、久しぶりに拙著が発売されるのを機に、ブログ(あとTwitterも)を始めることにしました。

書く内容やテーマについては特に決めておりませんが、とりあえず個人的に興味のある事柄……最近観た映画のことや好きな小説、アニメやサッカーことなど、身の回りのちょっとした出来事を中心に書いていければ、と思っています。そして少しでも読者の皆さんに楽しんでいただけたら―――、と。

これまで小説を書く以外、人前で文章を発表したことなどほとんどないですし、更新も時々不定期になるかもしれませんが、なるべく続けられるようがんばります。
もっとも、ぼくらしく、あまり気負わず、のんびりやっていこうとも思っていますが。

とりあえず、よろしくお願い致します!