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長谷川伸 

2018, 08. 13 (Mon) 22:30

このところ長谷川伸さんの作品をじっくり読んでいます。映画で東映やくざシリーズや大映の昔の映画を繰り返し見ているうちに、また時代小説や剣豪小説を好んで読んでいるうちに、度々で会う「長谷川伸」という名に、一度正面から向かい合ってみたくなったのです。長谷川伸と言えば言うまでもなく「沓掛時次郎」「瞼の母」などで有名な戦前の大衆作家であり、股旅もの、博徒ものを始め、旧い人情の機微を温かく描いた、いわば現在僕らが親しんでいる時代小説作家や娯楽小説作家の総元締め・大親分みたいな存在ですが、それだけに今日では一挙に忘れられた感もあり、ぼくもこれまで手を伸ばしてその著作を熱心に読み込む、というところまで行かなかったんですよね。でも読み出すとこれがめっぽう面白い。

むろんある種のルーツ探し、原典追いという側面はありますが、改めて読み込むとしみじみといい物もたくさんあり、勉強はいくつになっても続くなあ、という感慨を新たにしているところです。市川雷蔵や中村錦之助主演の映画はとても出来がいいですが、ひょっとするとこれらの戦後作品でさえどこか「モダン」で、原作の持っていた(戦前の旧き良き)日本の叙情的なエッセンスをわずかに取りこぼしているのかもしれないその可能性を思うと(そして現在はもう古典になりつつある「男はつらいよ」が股旅物のパロディであることを思えば)、改めて講談や戯曲を始め大衆娯楽の伝統の深さと時の流れの変化にしみじみ感じ入りますね。

円月殺法 

2018, 06. 23 (Sat) 22:25

柴田錬三郎さんの『眠狂四郎無頼控』を最近読んでいます。読むのはすごく久しぶり。柴錬は大好きで、『柴錬水滸伝』全四巻などは何度読んだかわからないくらいですが、どちらかと言えば若い頃は中国古典ばかり読んでいたような気もします。それが近頃市川雷蔵の映画を好んでみているせいか、『眠狂四郎』シリーズを読み返したくなって熱心に読んでいます。うーん。やっぱりいいですね。読み手を有無を言わさず作中世界へと引き込んでいく圧倒的な筆力と、あの柴錬一流の外連(けれん)と文体が懐かしくて・・・。学生時代にさんざん狂ったものです。本は月日を経ても何度でも読み返せるのがいいですね。

図書館にて 

2018, 06. 11 (Mon) 22:25

最近松谷みよ子さんの本ばかり読んでいます。『ふたりのイーダ』『あの世からの火』『竜の子太郎』『私のアンネ・フランク』・・・。この年になって改めて読むとしみじみ胸に来るというか、若い頃気づかなかったこれらの本の真の力に改めて気づかされ、ただただ圧倒される毎日です。たまたま地元の図書館に資料を調べに行って、ふと空いた時間に児童書コーナーに立ち寄り、目にとまった本を開いただけだったのですが、そこにこうも豊穣な世界が広がっているとは思いもよりませんでした。宝って言うのはどこにでも転がっているのだなと思うと同時に、自分は相変わらず運がいいとしみじみ。また新しい扉が開いたような、登るべき山の登山口に辿り着いたような、そんな不思議な気持ちです。



三つの塔 

2018, 05. 23 (Wed) 22:30


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最近、「積み本タワー」が机の大半を占めるようになって困っています。当初は手元にあると便利な本数冊をキーボード脇に置いていただけだったのですが、自分でも気がつかぬ間に本は次第にその嵩を増し、今では50センチ近いタワーが三つうずたかく聳え、平野をじわじわと浸しつつあります。こうなると危険な兆候で、放っておくと本は勝手に自己増殖(?)を繰り返し、あたかも野火の如く床や絨毯の上にまでその勢力を拡げていくことになります。つーか、ちょっと机に振動を与えただけで、ぐらんぐらんタワーが揺れていますし、早くなんとかしないと・・・。うーん。でもみんな必要な本なんだよなあ。

とりあえず確実に資料となり得る本以外は避けてしまおうかと思うのですが、ある種のお守りみたいに、なんか手元にあると「うまい文章が書けそうに思える」本があるんですよね。たぶん執着というかノスタルジーだと思うんですけど。すごくベタですが岩波文庫から出ている夏目漱石の『坊ちゃん』、同じく岩波文庫から出ているマークトウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』(西田実訳)、福音館書店から出ている『トム・ソーヤーの冒険』はそんな本です。ぼくにとって。

音楽と読書 

2018, 05. 07 (Mon) 22:30


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中川右介さんの『冷戦とクラシック』を読む。知っている名前がいっぱい出てきて面白い。「ああ、この人はこういう文脈の中で弾いていたのか(演奏していたのか)」ということを今更ながらに知ることが出来て、これまで以上にCDを聴くことが楽しくなったような気がする。『カラヤンとフルトヴェングラー』もそうですが、近・現代の歴史的な文脈の中にクラシック音楽を据えると、まるで急に高いところに出たみたいに視野が広がり、ぐっと見晴らしがよくなりますね。

併せて『第九』も買って読んだため、Amazonで買いまくった第九のCD・DVDがあふれかえることに。ううん。いくらなんでもちょっといい気になって買いすぎたかも。でも演奏の聞き比べって楽しいですよね。しばらく楽しめそうです。